放送業界のお話と落研と私的な思い出(瞳尻・黒舟)

「嗚呼!青春の大根梁山泊~東海大学・僕と落研の物語」スピンオフ・エッセイ。放送関係。業界のエピソードと近所の出来事

2020-01-01から1年間の記事一覧

四十年以上前の中学柔道!静岡編!

四十六年程前。中学一年生の私は柔道部に入った。いや、入ったというより、いつの間にか入ることになっていた。 私は運動が苦手だし、格闘技などやりたくなかった。 静岡県磐田市の城山中学(長澤まさみも出身)の一年生入学時のことだ。 同級生の海野君が「…

談志師匠の「大工調べ」

三十年程前。私が若手放送作家の頃のことだ。 渋谷の「東横落語会」か「東宝名人会」だと思うが…。立川談志師匠が主任(とり)で「大工調べ」をやるという。 当時、談志師匠の高座はトークが多く、古典落語をネタ出しして演じるのは珍しいケースだった(独演…

私の知らない私!

昔…私が子供過ぎて記憶が無い時のことを親が言っていた。 「お前は、部屋の中から縁側に向かって走って庭に出ようとして、そのまま、縁側に落下して泣いた。それも、毎日、何も学ばず縁側に向かって走って、空中で足をバタバタさせて地面に落ちていた」と言…

磐田市体育館は文化の発信地・ドリフ、キャンディーズ、歌丸・小円遊・トークショー!

四十六年程前の話だが…。私が小学校高学年から中学の頃。私の住んでいた静岡県磐田市では、コンサートチケットを買うという発想がなかった。 勿論、コンサートなどは行われていたが、田舎なのでチケットを販売する店が無かったのだ。隣町の大都会・浜松(近…

何と!ラジオ・コント・レギュラー出演!

二十五年程前だろうか? 記憶があやしいが、S玉の人気FМ局〇〇5でとあるDJの番組を担当していた。 放送はG座のサテライトスタジオからの生放送だが、道に人が群がるので警察にクレームをつけられてしまい、ガラスにはブラインドを設置。中が見えないと…

また、新手の詐欺か?!神奈川編!

十年程前。私は世田谷住まいから、現在住んでいる神奈川の某所に引っ越していた。ある日、仕事を終えて家に帰ると郵便受けに何か入っている。 見ると、数枚のDVDである。しかも、AVである。封は切られていない。なんだこれ? 賢い私は封を開けなかった…

怪しいセールスマン!

私が世田谷区のとある女子高裏に住んでいた頃。アパートで仕事をしていると、突然、ベランダから人が訪ねて来た。 「いい天気ですね~!」 「えっ!」 私はアパートの一階に住んでいたが…。玄関とは逆側のベランダから人が来ることは無い。驚いて見ると二十…

ダメダメ詐欺が来た!

三十年程前の事。私が世田谷区経堂の女子高前のアパートに住んでいた頃。 珍しく呼び鈴が鳴った。当時は今と違って宅配など頼むこともなく人が訪ねて来るのはまれだった。 出るとスーツを着た二十代の男が名刺を差し出した。「土地を売ってます。話だけ聞い…

約40年後の告白!今だから話そう!

東海大学落研時代。私は副委員長としてクラブ行事の申請書などを提出する係をしていた。 南新宿・山野ホールで開かれる「年忘れ落語会」では、街頭でプラカンを持って呼び込みをする為の申請を警察署に提出。 公的な許可を得ての「呼び込み行為」だった。 落…

私の家にある思い出のスピーカー!

我が家に思い出のスピーカーがある。これは、三十年程前に春風亭昇太さんから貰ったステレオのスピーカーだ。 アンプとチューナーは壊れて今は無い。 その時、一緒に昇太さん所蔵のレコードを譲り受けた。昇太さんは現在、真空管アンプでレコードを聴き、ア…

東海大落研・先輩の書いた寄席文字!

東海大学落語研究部の先輩達は、皆、寄席文字、三味線、太鼓が出来た。私の様なダメ部員は何も出来なかったが、各代にスペシャリストが居て行事の時は腕を振るうのだ。 新入生勧誘や落語会の看板、落語会のめくり、ホール落語のパンフレット、そして、夏合宿…

最も古い記憶…

人は赤ちゃんの頃の記憶が無い。私もオシメの感覚やガラガラであやされた記憶は皆無である。 個人差はあるが人の記憶は幼稚園ぐらいからだと思う。私の一番古い記憶は、炎を持った男が走る祭りを父親に肩馬されて見た記憶だ。しかし、これはうろ覚えで夢かと…

専修大・國學院・早稲田・甲南・上手すぎる先輩達!

昭和54年~56年。私が東海大学落語研究部の2年から三年生の頃。専修大学が主催する大学の競演会があった。 新宿のNCホールという半分外みたいな小さなホールで年に何回か開かれていた。この会には今まで2年先輩の切奴(きりど・現・昇太師匠)が東海…

國學院大落研と東海大落研

四十年程前の学生時代。私の所属する東海大学落研と國學院大學落研はとても仲が良かった。青山学院の落研も仲が良かったのだが…。 東海、国学に比べるとダントツにオシャレで女子部員が可愛かった。 どこか、卑屈になって東海・国学が親密になったような気が…

四十年程前、青学落研の文化祭!

およそ四十年前の話だが、一度だけ青山学院大落研の文化祭に行ったことがある。何故一度しか行っていないかと言うと、私の居た東海大落研と同じ時期に文化祭をやっていたからだ。 仲の良かった渋谷三大学(東海大、青山学院、國學院)の行事は互いに顔を出し…

新聞・テレビ・書籍・情報は話半分!

私は子供頃。新聞・テレビの情報は全て正しいものだと信じていた。田舎者は素直なのだ。それだけに、詐欺に騙されやすいのも田舎者だ。 放送業界では、「情報の間違い」は細心の注意をはらって伝えているのだが、人間のやることだけに、ミスは付きものである…

桶田敬太郎君の構想した・コントのアニメ➁

亡くなった、フォークダンスDE成子坂の桶田敬太郎君が構想していた、名作コントをアニメにするという企画が立ち上がり。クラウドファンディングで資金集めの最中だ。 11月23日が彼の命日。もう、亡くなって1年が立つ。昔の仲間たちが作るアニメを、是非、…

自己主張が出来ない静岡県!

日本を代表するご当地キャラに熊本の「くまもん(⤵)」があるが、正しい発音は「くまもん(⤴)」と語尾が上がるらしい。 最近では、マスコミも発音は「くまもん(⤴)」と正しく伝えるそうだ。 これは、地元の方が「違う」と、しっかり主張したのだと思う。流…

サンデーフリッカーズの空気は原点の魅力!

春風亭一之輔師匠のFМラジオ「サンデーフリッカーズ」(JFN・日曜朝)の構成作家をしているが…。 有楽町の某放送を聞いていると、うちのリスナーのラジオネームがよく登場する。他の番組でも採用されると言うことは、どのスタッフが見ても「面白い」と言…

成子坂・桶田敬太郎の構想!

私と仲の良い釣り仲間だった桶田敬太郎(フォークダンスDE成子坂)君は、生前、「成子坂のコントを古典落語みたいに、若手にやらせてみたいんです」と言っていた。 彼は若手のお笑い芸人を育成していた。そこで、勉強の為に「成子坂の定番コント」に挑戦さ…

「鬼滅の刃」でふと思う!

映画版「鬼滅の刃」が爆発的なヒットを飛ばしている。いままでは「流行りになんかのるか~!」と距離を置いていたが、もう、ここまでくると認めざるおえない。 ネットでテレビ版を見てみた。「これは~~! 面白~い!」。 まだ、一話、二話、を見ただけだが…

四年生の平頭さん!心に刺さる!

40年前(執筆・2020年)。東海大学落語研究部の四年生に頭下位亭平頭(とうかいてい へいず)さんと言う先輩がいた。 この人は「俺が、俺が」と前に出るタイプではなく、いつも、一歩引いたところから冷静に現状を見ている人だった。 何故かいつも、首…

仕事で出会った落研の人達!

私が新人放送作家だった、昭和62年。先輩の作家・Oさんの紹介で、新番組・ドラマの番組宣伝番組の仕事を頂いた。 その番組は、あの「太陽に吠えろ」の後番組で、やはり刑事ドラマで「ジャングル」というタイトルだった。 新人の俳優の紹介やメイキングの…

学生落語の大会と東海大落研

数年前。下北沢の「しもきたドーン」というライブハウスで行われる「学生落語の大会」で審査員を頼まれた。 この会場は、私が名古屋でお世話になったテレビ局の元プロデューサーとフォークダンスDE成子坂の桶田敬太郎君が、手造りで作った小屋だ。 演劇や…

國學院・落研先輩の元翁さん!

昭和五十五年。私が東海大学落語研究部に入部した時。國學院大落研・四年生に三優亭右勝(さんゆうてい うかつ)という先輩がいた。これは、伝統の名前で落語の腕が確かな者しか継いでいない。 この右勝さんは、今も若木家元翁(わかぎや がんおう)の名でア…

記憶に残るハガキ職人・メール職人!ラジオリスナー!

春風亭一之輔のラジオ「サンデーフリッカーズ」(JFN)では、リスナーのメールを紹介している。実は、私はメールを紹介するラジオ番組は初めてである。 私がラジオをメインにやっていた時代は、ファックスがやっと普及した頃。リスナーとのやりとりはハガ…

ラジオ制作会社社長のМさんは凄かった!

30数年前。某FМ局で「〇の穴」という番組の作家をしていたことがある。私の担当したのは、英語とスペイン語を操るDJ・〇〇オが生放送する二曜日だ(曜日ごとにパーソンナリティが違う)。 この番組の制作会社の社長さんに見崎さんという方がいた。古き…

OB命令下る!東海落研を視察してこい!

二十年以上前のことだが、東海大落研OBで飲んでいると、春風亭昇太師匠が言った。 「今、うちの落研なんか、潰れそうなんだろう!お前、チョット見て来いよ!」 昔から、この手の現場仕事は、いつも私である。このパターンは四十年間変わっていない。 私は「…

落研の後輩・湯川君!(初代・五十歩)

東海大学落語研究部の七年後輩に、頭下位亭五十歩(とうかいてい ごじゅっぽ・湯川)と言う男が居た。 彼は細身のいい男で、初めて見た時の印象は、俳優の篠田三郎さんの様だった。彼は同期の兵枝(ひょうし・脚本家の穴吹一朗)と一緒に学生劇団を立ち上げ…