放送業界のお話と落研と私的な思い出

放送関係。業界のエピソードと近所の出来事

約40年後の告白!今だから話そう!

 東海大学落研時代。私は副委員長としてクラブ行事の申請書などを提出する係をしていた。

 南新宿・山野ホールで開かれる「年忘れ落語会」では、街頭でプラカンを持って呼び込みをする為の申請を警察署に提出。

 公的な許可を得ての「呼び込み行為」だった。

 

 落研は皆様が思う程いい加減な団体ではないのだ。

 

 これは、学内の活動でも同じである。大学に張り出す「新入生勧誘」「落語会のお知らせ」等の看板も公文書を大学に提出しないと設置できない。

 公文書は保存用と二枚作り、本格的な割り印(東海大学落語研究部)もして提出するのだ。これは、マンションを借りる時の契約書の様なもので、詳細が記されている。

 

 我がクラブでは、毎年、春に「渋谷三大学落研スポーツ大会」を開催していた。

 勿論、この時もグラウンドの使用許可をもらっている。

 

 私が二年生の時。ラグビー部の主将の印鑑入りの使用許可書を申請した。その曜日に練習が無ければ「頼み込んで、判を貰う」のだ。

 

 当日。我々三大学(青山学院、國學院東海大)の落研ソフトボールで対決していると…。ラグビーボールを持った大男が二人現れた。

 そして「お前ら、誰に断ってここでソフトやってるんだ!練習するから帰れ!」と怒っている。

 そこで、私はラグビー部主将の直筆サインと印鑑入りの許可書を見せた。

 

 すると、その男達は不満そうにしながらも帰って行った。私は胸をなでおろした。

 

 しかし、落とし穴は…。三年生になった翌年である。

 私がラグビー部の主将に許可のハンコを貰いに行くと「許可は出さない!そんな伝統はない!」と強硬に断ったのだ。

 見ると、昨年、許可書を見せられて帰って行った男の一人が主将になった様だ。

 「日曜に個人練習をする者もいる。落研などには貸せない!」と言うわけだ。

 

 私は頭を抱えた。去年、チョット強気に許可書を見せたのがアダとなってしまった。

 

 もし、グラウンドの許可がとれずにスポーツ大会が中止になったら…。うちの恐ろしいOBが何を言うか分からない。

 多分、歴史に残る「ダメ幹部の代」として、一生笑いものにされるだろう。

 

 しかも、OB達は「今年はサッカーもやろうぜ!」等と言っている。

 体育会は横の連携があるのだろうか? 「サッカー部」「バレー部」「バスケ部」などの許可も取れなかった。

 

 これは、やばい!

 

 私は無い知恵を絞って、近所の小学校へと向かった。職員室を訪ねて校長と面会し「運動場を使わせて下さい」とお願いしたのだ。

 すると校長は不思議そうな顔をして「だって、東海大に大きなグラウンドが沢山あるじゃないですか。こっちが借りたいぐらいですよ。うちは公立ですから貸せません!」

 

 確かに校長の言うとおりだ。体育会ならまだしも「落研のリクレーション」では理由が弱すぎる。私が校長でも「絶対貸さない」パターンである。

 

 さあ、困った! そこで、私は一年生に「バスケット部」の監督の息子がいることを思いだした。

 その男に頼んで父親に許可を貰おうとしたのだ。監督の許可なら主将より強い。とにかく体育館での「バスケット」だけは出来るのである。

 父親の監督の返事は「許可書のハンコは押せないが、その日、練習は無いので、使っても怒られない」とのこと。

 

 ここで私は腹をくくった。「バスケット」だけでもできれば、スポーツ大会の中止という最悪の展開だけは免れたのだ。

 

 よし!許可なしで全て強行して、ダメだったら土下座で謝ろう。

 

 許可をとれなかったことは、同期にも言わず、見切り発車の開催となった。

 

 まずはメインの「ソフトボール」。幸い体育会の人は誰も来ていない。私が上の空で内野の守備をしていると正面にライナーが来た。私はヘタなのでグラブに入ったが落としてしまった。二塁の先輩が「へい!」と言ったので渡すと、何と!ダブルプレイが成立してしまった。

 すると、青山学院からクレームが入った。「黒舟!汚いぞ!わざと落としたろう!」

 見ると火の見家はん生(現・大阪の自称フリーターアナの森たけし)さんだ。

 私は運動オンチなので、わざと落としてダブルプレーにするなんて、そんな器用なことは出来ない。

 クレームも笑いに代える落研としては、少し中断して喧嘩のアドリブコントなどが始まる。

 私は「そんなのいいから、早く試合を終わらせてくれ~!」と心で叫んでいた。

 

 ソフトボールには上手いAチームとヘタなBチームがあり。三大学六チームのトーナメントである。私はヘタのBチームだった。

 東海大のAチームは、高校時代・ソフトボール部で静岡県優勝の切奴(現・昇太師匠)さん、中学時代野球部の実志(現・ディレクター・山崎氏)さん、そして、徳島の高校でソフトボール部のピッチャーだった珍笑君(現・徳島でコンビニ経営)など、守備の連係も可憐だ。

 綺麗なダブルプレイに「おお~~!」と歓声があがる。

 

 青学には元高校球児の音亭狂雀(おんてい きょうじゃく)という一年下の後輩が居たが、守備の上手さ、打撃の力強さは群を抜いていた。

 実は、彼は現在国会議員。農林水産副大臣を務めている。

 

 面白いのは静岡県優勝の切奴さんは守備は良いが全然打てないことだ。ほとんどが内野ゴロでアウトになっている。本当のソフトの打ち方は草ソフトでは通用しないようである。

 後に分かったのだが、切奴さんは守備要員だったことが発覚した。

 

 しかし、その日の私はついていた。その後のバスケットも問題なく行われた。完全にセーフである。サッカーは結局やらなかった様な気がする。

 

 競技を終え、みんなで大学の池に落ちた! 何故か伝統で意味もなく最後は池に落ちるのが決まりだ。

 いかに面白く落ちるかもポイントとなる。私服なので本当は落ちたくないのだが、「つまらない奴」と言われない為には、落ちるしかないのだ。

 

 みんなで池に落ちて、親睦は深まった。この日ばかりは、オシャレな青学もずぶ濡れだ。OBの芸術院せん生(漫才・青山一浪・二浪の森たけしさんの合い方)さん、免亭回丈さん(学生落語の爆笑王)。さらに國學院の万年堂まん丸(現・脚本家・稲葉氏)さんなども、喜んで落ちていた。

 

 ちなみに、池落ちの許可だけは、伝統的に貰っていない(そんな許可はおりない)。

 

 現在は、このスポーツ大会も三大学のきづなもなくなっている様だ!

 

 

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