放送業界のお話と落研と私的な思い出

放送関係。業界のエピソードと近所の出来事

前回の続き「師匠との会話②」

 ある日。車の中でM師匠が言った。

 

 「小林!車運転してる時、やばい奴にからまれたらどうする?」
 「逃げます」
 「そう言う時は、ドアを開けろ!相手が胸ぐらを掴んだり、殴ってきたら、ドアを思い切り閉めろ!相手は骨折して戦意喪失だ!」
 「・・・」理屈は分かるが、そんなことが出来る訳がない。
 「こら!聞いてるのか?」
 「・・・」


 「あと、向こうが車に乗ってる時は、紳士風に近づいて窓を開けさせて、煙草の火を相手の目に突っ込め!戦意喪失だ!ただ、プロのY屋さんにはやるなよ!」
 「面白いですね!」
 「お前、やっぱり馬鹿にしてるな!」
 「いえ!」 私に そんなことが出来る筈がない(心の声)。

 

 M師匠は、大阪の組長さんの孫だけあって、会話が普通じゃない。漫画の中の極道者のような話題が多かった。

 

 「小林!俺、昔、ラジオのN放送を出入り禁止になったことがあるんだよ」
 「どうしてですか?」
 「それがさ~!俺、昔、ボクシングやってたし、爺さんがY屋さんだろう?スタッフが本当に強いのかドッキリを仕掛けてな!バイトの男が局に入り込んだ不良のフリして、スタジオで暴れ出したんだよ!だから、俺が張り倒して、倒れた所の頭を靴で踏んづけて、「どこのチンピラだ!」って、やっつけたんだよ。そしたら、ドッキリ仕掛けたスタッフが悪いのに、傷害事件でしばらく出入り禁止になったんだよ。お前も、スタッフのドッキリには気を付けろよ!」
 「や、それ、僕だったら逃げてますよ」
 「それは、正解だ!」

 

 師匠の話はメチャクチャだが、いつも面白かった。いつしか、車で送るのが楽しみになっていた様な気がする。

 

 

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前回の続き!「師匠との会話①」

 放送作家の弟子となって間もない頃。M師匠は私の運転する車の中で、色々な話をしてくれた。

 

 「小林!お前、勉強は出来たのか?」
 「付属校からエスカレーター式で大学に入ったので、勉強はしてません」
 「いいか、放送業界は地頭が良くないとダメだ!地頭って分かるか?」
 「いえ!」
 「勉強は関係ない。東大出の局員でも演出能力がない奴がいる。それは、勉強が出来ただけで、地頭の悪い奴だ!勉強は出来なくても良いが、地頭の良い奴になれ!」
 「はい・・・?」
 「わかんねえのか?しょうがねえな!いいか、物事を正面から見るな!横から、斜めから見ろ!エレベーターは上か下に行くな?だから、もし、横に動いたら驚くだろう?笑いはそこで生まれるんだ!常識をオシャレにくつがえせ!」
 「はあ・・・?」
 「真剣に聞いてるのか?お前、俺を馬鹿にしてるだろう?」
 「いや!」

 私は車の中で、M師匠と、毎日、こんな会話をしていた。
 
 今思えば、放送作家としてのノウハウを教えてくれたのだと思う。しかし、私には、煩わしかった。笑いは理屈じゃなく、単純に『面白いもの』は面白いと思っていたからだ。テクニックや方程式の様なものに当てはめるのは「楽すぎる」「卑怯だ!」と思っていた。


 しかも、この時の私は、エレベーターが横に動いても大して面白くないと思っていた。今思えば映像的な面白さ、テレビ的な面白さを教えようとしたのだと思う。


 落語しか知らなかった私には、まだ言葉の面白さが王道だったのだ。

 

 

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前回の続き!

  局の四階にあったテレフォンセンターと言う部屋に入り、Oさんが言った。


 「こいつ、小林っていうんだけど、見学させてやって!」
 「おや! 弟子とったんですか?」
 「いや、弟子じゃない。頼まれたんで見学! 小林!コーヒー買って来て!」

 

 自販機でアメリカンの紙コップのコーヒーを買ってくると、煙草を吸いながら原稿用紙を広げて書き始めるOさん。私は何もわからず、だだ見ていた。

 

 私はOさんの動きにチョット驚いていた。今日、これから生放送だと言うのに、局に来てから台本を書き始めたのだ。

 私は原稿は家で書いて来るものだと思っていた。実際、私は今も昔も原稿は家であげているが、当時、売れっ子の放送作家は喫茶店や放送局で本番直前まで台本を書いている人が多かった。

 

 今書いてすぐ放送して、さらに面白いと言う天才的な才能が要求されていたのだ。私には真似のできない凄い能力である。

 

 このOさんは、アナウンサーが話す様な流れの台本(構成台本)が上手いかたで、四谷・B放送の某月~金の帯番組では、Oさんの台本は他の作家の手本になっていると聞いたことがある。

 

 そこに、大物プロデューサーのМさんが入って来た。かなり威圧的な感じである。
 「おい!O!原稿まだか?後、三十分したら見せろ!」
 「はい!は~い!頑張りま~す」
 「つまんなかったら、クビだぞ!」

 

  その後、原稿は一時間ほどかかったような気がする。Мさんは怒っていた。


 「バカ野郎!原稿遅いんだよ!見せて見ろ!」
 急いで読んだМさんは「よし!これで良い!オープニングコントは?」
 「これから書きます!」
 「バカ野郎!コントが一番心配なんだよ!早くしろ!」

 

 本番まで後、一時間半程。ここでまだオープニングのコントが出来ていなかったのだ。Oさんは原稿用紙を広げると「そう、あせらずに…」と、コーヒーを飲み、煙草に火を付けた。


 本当に間に合うのだろうか? 見学している私が心配になってしまった。

 

 結局、その日は放送の十分前にコントの台本が上がり、そのままコピーされることになった。


 放送が始まり、コントが終わって、タイトルコールとなった。
 「今夜も新事実!ヒ〇ン〇の謎!МYのYP~」

 そう、この番組は当時、ラジオ界で聴取率NO1に輝いたばかりの「YP」だったのだ(YP以前は、B放送のYTさんが最強で聴取率1位を続けていた。それを逆転したのがYPだったのだ)。

 

 私は思った。こんな、怒鳴られる仕事はしたくないな!

 

 

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前回の続き!

 うちの事務所「М商店」は乃木坂の当時の防衛庁(今の六本木ミッドタウン)のはす向かいの路地を入った所にあった。斜め向かいには写真の乃木坂スタジオがあった。


 同じマンションにはアイドルが所属するタレント事務所もあり、なんとなく、業界の匂いがした。


 実際の事務所の部屋は、十畳ぐらいのワンルームで質素な物件だが、歩いてすぐディスコがある。静岡の田舎者にはまばゆいばかりの立地である。

 朝の九時に事務所へ行って電話受けをする。要件をメモして伝えるだけの仕事である。


 一か月もたった頃だろうか? 師匠が言った。

 「今度、忘年会あるから、その台本書いてみろ」
 「えっ!」
 「うちの事務所とTF事務所と芸人の事務所のTU企画の合同でやるから。Tちゃんと、K遊三、YネSケ、KゑN、(イニシャルの意味があるのだろうか?)も来るから。内容は任せる。ウケなかったらクビだ!」
 
 あまりに、突然で、あまりに理不尽な発注である。当然、放送をする訳ではない。ただ、宴会の肴として若手の台本の不備を笑おうというのだ。


 この台本と宴会の様子は「嗚呼!青春の大根梁山泊東海大学・僕と落研の物語~」完全版に記したので、ここでは割愛する。

 

 宴会の素人丸出しの台本が、突っ込まれまくりでウケたので、私はなんとかクビを免れた。


 しかし、翌日、М師匠が言った。

 「小林は、文章力がいまいちだから、毎日、本を読め! まずは、シェイクスピアから始めろ。本を読んだら、この机に積んでゆけ。天井まで壁になるまで読め。本の代金は俺が出してやる」

 

 本を自由に買っていいとは、この世界の師匠としては、とても優しいありがたいお言葉である。でも、ナマケ者の私は、心の中で「沢山、本読むの嫌だな~!」と思っていた。

 

 しかし、先生の命令を背くわけにはいかない。まずは、シェイクスピアの「マクベス」「リヤ王」「「ハムレット」等を、次々に読んで机に積んでいった。


 どんどん増える本を師匠も嬉しそうに見ていた。しかし、私はナマケ者である。もう一人の自分が頭の中で呟いた。「これ、読まずに積んでもバレないんじゃね~か!」それもそうだな!

 

 私は一通り、シェイクスピアを読んだ後、師匠が喜びそうな北方健三、沢木耕太郎森村誠一などの本を、音読ならぬ「読まずに積んどく」を始めたのだ(この「読まずに積んどく」というギャグは立川談志師匠の根問いものに出て来る)。


 あらすじだけ読んで積んだり、最初十ページだけ読んで積んだり、表紙だけ見て積んだり。もう、メチャクチャなさぼり方である。

 

 机に重ねた本が天井まで届く壁の様になった頃。師匠のМが言った。
 「後輩の作家にOというのが居るから、明日からラジオについて行け!」
 「何するんですか?」
 「とにかく、横について見てろ!」

 

 何も分からず。先輩作家のOさんについて行くことになった。OさんはМ師匠の居た事務所の後輩で、三十才前後。ラジオ、テレビを五~六本持つ売れっ子だった。
 細身で容姿はミュージシャン風。いかにも、業界人という感じで「シースー」「ズージャ」など言葉を逆さにする業界用語をよく使っている人だった(当時、逆に言う業界用語はすたれている時期)。

 

 私は週に一度、Oさんのラジオ番組について行くことになった。有楽町について行くと、そこにはN放送の社屋があった。
 子供の頃、深夜放送で「あのねのね」や「鶴光」「吉田拓郎」「南こうせつ」など、必死に聞いていた、あのラジオ局である。まばゆいばかりの有名人に出会えるかもしれない。

 

 まだ、大学生だった私には、その程度の発想しか無かったのである。

 

 

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東海大卒・なりゆきで放送作家へ。

以前、個人的に書いた「嗚呼!青春の大根梁山泊~業界編~」の冒頭部分を紹介することにしました。

             ↓

 

 昭和60年、冬。
 大学卒業間近の私は放送作家としてスタートすることになった。東海大学落語研究部時代に、先輩の勧めで放送作家の弟子になった。


 私には「どんな番組をやりたい」とか「こうなりたい」と言った野望は全く無かった。ただ、東海・落研の時の様に笑って暮らしたかったのだ。

 しかし、世の中はそんなに甘くはない。放送作家を目指す他の若者は、高い志と野心をもって真剣にチャレンジしているのだ。

 

 私は昔から、何かに流されて生きて行くタイプである。売れっ子作家のМ氏に弟子入りしたが、この方に憧れた訳ではなく「弟子を募集」していたから(これは異例のケース)。

 

 そこに、クラブの先輩から勧められたからなのだ。こんな姿勢の奴がフリーの仕事で成功する訳がない。今ならそうと分かるが、この時は、今日を生きることしか頭に無く、将来の夢も無く、かといって不安も無かった。

 

 普通の人間なら、給料の無い放送作家になるなんて、不安で仕方がない筈である。その不安を感じる能力さえ、私には無かったのである。それが幸いして続けられたとも言えるが…。

 

 初めて、新設したばかりの六本木の作家事務所「М商店」に案内された私に、師匠のМが関西弁で言った。
 「まだ、この事務所、絨毯敷いてないんだよ!お前、金あるか? あるなら六万円貸してくれ」
 「銀行に行けばあります」

 当時、テレビ・ラジオを十本近く抱えていたМ氏とは思えない頼みである。
 
 翌日、私は銀行からなけなしの現金六万円を下ろして師匠に手渡した。
 「お前、学生のクセに金あるのか?お坊っちゃんか?」
 「田舎の普通の貧乏人です」

 

 М師匠は現金を受け取るとニャっと笑って私に言った。
 「うちは、他みたいな師匠と弟子とは思っていないからな。新人の時は仕事なんか無いんだから、特別、給料制にしてやる。月8万やるから電話番しろ。それから、俺は他の奴と違って車の運転手とかさせないから、頑張れ!」
 「ありがとうございます」

 

 おそらく、放送作家の成り立てで番組も担当していないのに給料が出たのは私ぐらいだろう。しかし、この給料制が後になって最低の制度だと知るのだが、この時は知る由もなかった。

 

 師匠が事務所で言った。
 「お前、今、トイレ入った時、鍵かけたろう?」
 「かけました」
 「事務所に俺とお前しかいないのに、何で鍵をかけるんだ?」
 「えっ!」
 「俺は、お前のトイレなんか覗かない! 気持ち悪い奴だな!」

 

 質問の意味さえ不明だった。まさか師匠がトイレを覗くとは思わないが、鍵は一連の動作でかけるのが私の常識である。

 もし間違えて開けたらお互いに気まずいから閉めるのだ。

 師匠は「俺は、同性愛の趣味はない」とでも言うつもりなのか? 

 それとも、放送作家で売れる様な人は、普通とは感覚が違う人なのか? もしくは冗談で言っているのか?


 怒った口調だったので多分冗談ではない。やはり、売れる人はどこか狂気があるのだろう。

 

 「いいか!これからはトイレに鍵をかけるな!」
 「分かりました!」(全然納得できない)

 「それから、お前、車の運転できるか?」
 「免許はとったけど乗ったことありません」
 「そうか、じゃあ教えてやるから乗ってみろ!今から日テレ行くぞ!」

 

 「俺は運転手はさせない」と言った師匠だが、これは運転手ではないのだろうか?
 疑問を抱いたまま、とにかく車に乗った。

 

 「小林! これ、グロリアの新車だ! 正確には新古車だがな。いきなり、これ乗れるなんて運がいいぞ!この野郎!」
 何が「この野郎!」なのか分からない。


 「ここは、左に寄っておくと、後で曲がりやすいからな。こら、信号で止まったらライトは落とせ!」
 「そうなんですか?」
 「その方が車に良いんだよ!」

 

 教習所では聞いたことが無いノウハウを色々と教えてくれた。

 M師匠は車の整備士の免許をもっていて、車の知識がある。私が初めて面接した時は、田舎では、漫画「サーキットの狼」でしか見たことのなかった、BМWに乗っていた。それを乗り換えたばかりだったのだ。

 

 М師匠は、立教と青学を中退。青学の時は「ビートルズ訳詞研究会」を創設したという。いつも、自慢げに、サザンの桑田は「ビートルズ訳詞研究会」では俺の後輩だ!」と言っていた。

 どうやら、桑田さんは音楽サークルと同時にこのクラブにも入っていたらしい。


 さらに師匠は、二校目の青学を中退した後、自動車の整備士免許を取ったらしい。
 また、学生時代に童話を書いて賞をもらったらしい。

 

 この先生は芸能界では「浪速のヤクザ作家」と呼ばれていた。なんでも、祖父が大阪で組長をしていたらしい。子供の頃、よく若手の組員にキャッチボールをしてもらったそうである。
 本人は完全なカタギなのだが、回りは面白がって「ヤクザ作家」と呼んでいたのだ。本人も、それをネタに楽しんでいるようにも見えた。
 
 М師匠は、私の運転を見て、少しイライラしていた。
 「お前は、運転が下手だな~!俺が毎日教えて上手くしてやるからな」
 「はい!」
 「何がハイだ!もっと喜べ!」
 「はい!そこ曲がって、ここ、日テレの駐車場だ!入れ!車でしばらく待ってろ!俺は、会議行ってくる」

 

 私は思った。これ、どう考えても運転手である。
 やはり、作家になる様な人は、浮世離れしているものなのか? 

 

 待つこと二時間。М師匠が帰って来た。
 「次、テレ東行くぞ!」
 やっぱりお抱え運転手である。テレ東の後はTBSへ行き、喫茶店で何かの打ち合わせをし、夕食を済ませて、師匠は帰って来た。

 

 「じゃあ、今日は帰るから代田橋まで行くぞ!」
 車を運転して帰る途中。師匠はまた言った。


 「俺は車の運転手なんかさせないからな!お前はついてるぞ!この車、お前乗って帰っていいから、明日、事務所に乗って来い」


 メチャクチャである。完全に運転手だし、車を渡されたら駐車場が無い。私が住んでいた世田谷はレッカー移動も多く、そんなの迷惑である。

 

 「車は置いて帰っていいですか?」
 「お前、車嫌いか? 自由に乗って遊びに行っていいのに、変わってるな~!」


 いやいや!私からすれば師匠の方が変わっている。流石は売れっ子放送作家だ。まだ、大学生の私には理不尽というより、宇宙人との遭遇に思えた。

 

 私は車を断って小田急線で帰った。夜の十二時近く。お腹がグ~~と鳴った。そうか、昼から何も食べていなかった。

 あまりに疑問が多くて、お腹が空くのも気づかなかったのである。

 

 本当に、こんなところでやっていけるのか? 小田急線の車内では、同世代の新入社員風の男が酔ってOLと楽しそうにイチャついている。

 車窓から見える街の光が私の心を不安にさせた。

 

 とにかく、明日の朝も事務所に行かなくては…。

 

 

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沖縄の人の不思議!?桶田敬太郎(フォークダンスDE成子坂)君と金谷ヒデユキさんと私…

 東海大学落語研究部の一つ後輩に、頭下位亭独尻(とうかいてい どっしり)君がいる。彼は沖縄の出身だ。今も沖縄に住んでいる(過去のブログにも登場)。

 

 十年以上前のことだが、元フォークダンスDE成子坂の桶田君と私と、「地獄のスナフキン」・金谷ヒデユキさんと、ヘビメタバンドのメンバー「ダマ」(本名は知りません)と沖縄旅行へと出かけたことがある。

 

 一週間ほどの滞在だったので、後輩の独尻君に連絡してお勧めの店に連れて行ってもらうことにした。

 

 その時、連れて行かれたが沖縄名物の「ヤギ肉」の店なのだが、匂いがきつく、とても食べられない。市場などで出している「ヤギ汁」は、一般向けに臭みを抑えているようだ(これは私も食べられる)。

 

 まず、出された「ヤギの刺身」の臭さに、私は音を上げた!

 とても、口に入れることはできない。すぐ吐き気が襲ってくるのだ。もはや、落語の「チリトテチン」のレベルである。

 

 私は独尻に聞いた。

 私「沖縄の人は、本当にこれが好きなの?」

 独尻「お年寄りの人は好きなんですが…若者は嫌いです。これは、我慢して食べるものです」

 私「何でそんなもの食わせるんだよ?」

 独尻「その方が、思い出になるでしょう?旨いものは自分で食べて下さい!」

 

 なんとも変な理論だ! 

 

 これは、滋賀の人がすすめる「フナ寿司」と同じ感覚なのかも知れない。

 

 私には迷惑この上ない。聞くと、この店は観光客は絶対来ない、ディープな店だと言う。

 

 私が食べるのを拒否していると、桶田君が「食べてみましょう!」と一切れ口にした。「ううう~ん! 食べられないことはないですよ」

 すると、金谷さんも口にした!「うう~ん!二度と食べたくない!」

 

 やはり、芸人になる人は好奇心が旺盛で「悲惨な目」にあうことに成れている様だ。

 不味いと言いながら、一皿ほとんどを平らげている。

 

 桶田「小林さんも、変な後輩紹介した責任で食べて下さいよ!」

 私「えっ!」

 

 私は無理やり口にしたが、オシボリに吐き出してしまった。

 

 私が美味しく食べられるのはクサヤが限度である。

 

 さらに、私は店に入った時に気になったことを聞いてみた。

 

 私「隣のお店は、薄明りにオバサンが一人椅子に座ってるんだけど…。あそこも「ヤギ肉」の店なの?」
 独尻「ああ~!あれは、個人でやってる青線です!」

 私「おいおい! どんな地域なんだよ!」

 独尻「思い出になったでしょう?」

 

 そのおばさんは60過ぎに見えた。当然だが、客はまったく居ない。店舗は自宅なのだろうか? 

 

 私「あのオバサンの仕事、成立してるのかよ?」

 独尻「地元の人も行かないでしょうね!」

 

 お客が居なくても続けている持続力は立派だ。

 沖縄の文化は奥が深い。私の不快な夜もふけていった。

 

 あの店は今もあるのだろうか、今度、沖縄に行ったら…。絶対行かないだろう。

 

 

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徳島の珍笑君!才能の宝庫だった!

 東海大学落語研究部の一年後輩に、頭下位亭珍笑(とうかいてい ちんしょう)という男が居た(昭和56年入部)。

 彼は徳島県出身で高校ではソフトボール部。それも、かなりの選手(投手)だったらしい。その球は腕を大きく回す本格派。下からとは思えない剛速球を投げていた。草ソフトではまず打てない。

 

 珍笑君は、高校まで落語の知識は無く、入学式の後歩いていたら少林寺拳法部の怖い先輩に捕まり、強制的に入部届を書かされていた。
 彼が肩を落として不安な顔で歩いていると、そこに声をかけたのが4年の実志(現・テレビディレクター)さんである。この実志さんは不思議な勘の働く人で、ひらめきが凄い。この男は落語に向いてると瞬時に思ったそうだ。

 

 しかも、話を聞くと、少林寺拳法部への入部届を書いてしまって、ビビっている。

 

 そこで、実志さんのトークが炸裂だ!

 「大丈夫!落研に入れば、文化部連合から体育会に連絡して、穏便に取り消せるから」

 「本当ですか? 入ります!」

 

 文化部と体育会では、本人の気が変わった時の公式な取り決めがあったのだ。

 

 私はキャンパスで勧誘した一年生の女の子を連れてブースに戻ると、実志さんが言った。

 「バカ野郎! 女子ばっかり連れて来るな! ナンパじゃね~んだぞ!」

 「すいません!」(男子は生意気で声をかけにくいのだ)

 「黒舟! それより、いい顔した奴捕まえたぞ! 絶対落語が上手い顔だ!」

 「誰ですか?」

 

 見ると、いい男だが愛嬌があるし、ファッションがオシャレだ。雑誌「ポパイ」に載っている様な服を着ている。

 しかも、先輩の言う通り落語の上手そうな顔をしている(これは私も本当に思った)。

 

 珍笑君は徳島出身ということもあって、東海大では少数派の上方落語をやることになった。最初のネタ「牛ほめ」である。

 

 見ると流暢だし、ミスがない。仕草も表情もとても豊かだ。ただ、不思議だが一年の時は、あまりウケなかった。

 これは「一年生あるある」だが、上手い奴でも何故か一年の時はウケないケースが多い。チョットしたデフォルメや余裕がないからだろうか?!

 

 彼は二年で「つぼ算」を憶えたのだが…。これも、上手いが笑いが薄い。何故だろう? それが私の正直な感想だった。

 

 珍笑君は人なつっこく、よく先輩達と飲みに行くようになった。すると、彼は大物OBにもビビらず飲み会で笑いをとる様になる。

 私が嫉妬する程のOB人気である。この面白さが何故落語に出ないのか…。そんな私の心配は、すぐに吹っ飛んだ!

 

 次にやった「崇徳院」が大爆笑をとったからだ。いったい、何が変わったのか分からない。しかし、学生達が大爆笑していることは事実である。

 

 この後、珍笑君が覚えた落語に外しは無かった。学内の落語会は「青菜」で客席をひっくり返した。

 

 四谷倶楽部(現在は無い)で開かれた、関東各大学の上方落語の精鋭が集まる「上方落語の会」で演じた「上燗屋」などは、まるで枝雀師匠の様だった(チョット言い過ぎ)。

 

 珍笑君は、三年時。同期の一団楽君と組んだ素人漫才「せ~の!」で「テレビ演芸」(テレ朝)のチャンピオンにもなってしまった。もはや落研のスーパースターである(以前のコラムを遡ってお読みください。さらに、詳細はネット書籍「嗚呼!青春の大根梁山泊東海大学・僕と落研の物語~」note版に記されている)。

 

 そして、四年生最後の高座「年忘れ落語会」で演じた「時そば」は、古典に忠実だが、良いウケ方をしていた。

 

 私は当時。都内の名門女子高の落研でコーチをしていたのだが(コラムを遡ってお読みください)、夏合宿に、この珍笑君を連れて行くことにした。前年は一人でやったのだが、女子高は中高一貫・部員が多いので二人の方が指導がしやすいのだ。

 

 女子高落研の合宿初日には、コーチによる模範演技がある。

 ここで、珍笑君は一年で初めて覚えたネタ「牛ほめ」をやった。しかしこれが、まったくウケない。

 女子高の部員はいつもなら爆笑してくれる良い客だ。それなのに、笑いが起きない。

 

 これは大変だ!次に私が上がらなくてはいけないからだ。コーチがシラケてはバカにされてしまう。

 

 私は恐る恐る「提灯屋」というチョット長い噺をやってみた。

 

 すると…。驚くことに! ウケる! ウケる! 会場が爆笑に包まれてしまった。実は、この噺は現代に通じない噺と言われている。家紋が出て来る噺だが、現代人には名称が分からないのだ。しかし、その分からなさ加減が偏差値の高い女子高生のツボにはまった様だ(分からないけど憶測して雰囲気で笑っている)。

 

 高座を降りた私に、珍笑君が言った。

 「黒舟さん! プロになった方が良いんじゃないですか」

 「えっ!ありがとう!」(心の声)

 

 実際は私は言葉が出なかった。そして、私より上手い後輩の、この言葉は嬉しかった(私の数少ない自慢である。「また、自分大好きかい!」)。

 

 話は元に戻るが…。どうやら、一年の時、最初にやった噺は、ずっとウケないようだ。昔のトラウマなのか練習しすぎて当人が飽きてしまったのか?

 その訳は不明のままである。

 

 先輩達の話を聞くと、数人、「一年の最初の噺からウケた!」と語る方がいる。これは、まれなケースで、相当センスがある先輩か、嘘つきの先輩だ!

 

 珍笑君は、今、徳島県内でコンビニを経営している。バイトの女の子にトークがウケていることだろう。

 

 

 

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