放送業界のお話と落研と私的な思い出(瞳尻・黒舟)

「嗚呼!青春の大根梁山泊~東海大学・僕と落研の物語」スピンオフ・エッセイ。放送関係。業界のエピソードと近所の出来事

落研の後輩・湯川君!(初代・五十歩)

東海大学落語研究部の七年後輩に、頭下位亭五十歩(とうかいてい ごじゅっぽ・湯川)と言う男が居た。

 

 彼は細身のいい男で、初めて見た時の印象は、俳優の篠田三郎さんの様だった。彼は同期の兵枝(ひょうし・脚本家の穴吹一朗)と一緒に学生劇団を立ち上げた中心人物だ。

 兵枝と一緒に、テレビで素人コントを披露したり、深夜テレビの学生落語の大会で優勝したりと、アマチュアとしては華々しい学生生活を送っていた。

 

 私が放送作家として、やっと、まともなお金が取れるようになった頃のことだ。

 師匠のМが「小林!誰かうちの事務所に入る新人はいないか?」

 

 うちの事務所は志願の弟子入りではなく、師匠の事情で求人するという異端のシステムをとっていた。

 そこで、私は「後輩に、劇団を立ち上げた湯川という男が居るんですが…」

 「おお!いいな!そいつ、呼べ!」

 

 この一言で決まってしまった。私は湯川君にダメ元で電話したのだが、返事は意外にも「やります!」だった。

 

 湯川君は、いきなり新人作家として私の名古屋の番組に付いて来る様になった。

 その番組の会議で、私と湯川君が即興コントをやったことがある。私はアドリブが得意ではないが、頭の中にある流れを湯川君にぶつけると、内容も知らないのに絶妙な演技で笑いを取ってくる。

 会議室が爆笑になってしまった。「こいつ、才能が凄いな!」これが、私の感想である。

 

 会議の後。作家数人と湯川君を連れて飲みに行った時。そこには、番組に出演した人気ロックバンド・OのドラムKさんも居た。彼は、この番組の女性作家Aと仲が良く飲み友達なのだ。

 バーで飲んで居ると、Kさんが湯川君が元落研と聞いて「やってみろよ!」と言い出した。

 

 これは、かなり可哀そうな展開である。酔っ払いの前で落語などウケる訳がない。

 

 湯川君は「じゃあ、やります!」と言うと、バーのカウンターに正座して落語を始めた。しかも、自作の新作落語「マシーン稲荷」という一席だった。これは、テレビ番組で優勝した時、審査員の立川談四楼師匠に褒められた演目である。

 

 最初はKさんも「やるなら見てやるか」的な感じだったのだが、五分程すると身を乗り出した。そして、「がははは~!」と手を叩いて喜んでいる。

 

 湯川君が落ちを言うと「お前、うまいな~!よかったよ!」絶賛である。

 

 私は彼の潜在能力と度胸に驚いた。

 

 そこで、一度、ラジオの原稿を一部書かせてみることにした。原稿を見ると、そのまま放送出来るレベルのものだったので、私は師匠のМに報告した。

 「湯川に台本書かせたんですが、ラジオの進行台本なら書けますよ!」

 「そうか!」

 

 その直後。先輩作家Oの紹介で、湯川君に超メジャーラジオ局の番組の担当が決まった。入って一年もたっていない。

 まともな仕事が入るまで四年もかかった私とはえらい違いである。奴は才能も運もある様だ。

 

 ところが、一週間後。驚きの報告があった。

 М師匠「湯川の奴、新番組の一回目の放送行かなくてクビになったぞ!」

 私「えええ~!そんなことあるんですか?」

 

 聞くと、収録の一回目の前日。落研の後輩と飲み過ぎて起きられなかったという。しかも、台本も届けていない。これはクビになっても仕方がない行為だ。

 

 それにしても、何ともモッタイナイ話だ。「才能」も「運」もあるのに酒に飲まれてしまったのだ。

 

 湯川君は事務所から居なくなった。

 

 今は普通のサラリーマンとして立派に勤めている。今思うと、彼はそれが正解だったような気もする。

 

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