放送業界のお話と落研と私的な思い出

放送関係。業界のエピソードと近所の出来事

ラジオ制作会社社長のМさんは凄かった!

 30数年前。某FМ局で「〇の穴」という番組の作家をしていたことがある。私の担当したのは、英語とスペイン語を操るDJ・〇〇オが生放送する二曜日だ(曜日ごとにパーソンナリティが違う)。

 

 この番組の制作会社の社長さんに見崎さんという方がいた。古き良き業界の匂いを残す方で、もはや死語となっていた業界用語を巧みに使っていた。

 パイナップルを「イナプルッパ」。信じられないを「ジラレナイシン」と言った伝説の人物である。

 

 見崎さんは、音楽の歴史に詳しく、時には番組のゲストとして音楽評論家的な蘊蓄を述べていた。社長なのにとても謙虚な性格で、いつも自虐的な面白話を披露してスタッフに愛されていた。

 

 私はスタッフに聞いてみた。

 「見崎さんは、何であんなに音楽に詳しいんですか?」

 「あの人は、元ミュージシャンなんだよ!」

 「えっ!」

 「ザ ラニアルズ のメンバーでデビュー時はかなり期待されたバンドだったんだよ」

 

 番組の飲み会の時。私は見崎さんに直接聞いてみた。

 「ザ ラニアルズ の時はどんな曲を歌ったんですか?」

 「フォークだよ! ああ、「ドボチョン一家」のテーマ歌ったの俺だよ」

 

 ななな~何~? 「ドボチョン一家」は、私が子供の頃放送されていた海外アニメ。一家が全員化け物という「アダムスファミリー」の元祖みたいなアニメだ。

 ♪ドボチョン!ドロドロ~! という唄い出しは今でも頭に残っている。私が「あの♪ドボチョン!ドロドロ~! ですか?」と聞くと、そう、♪ドボチョン!ドロドロ~! とアカペラで唄ってくれた。

 

 子供の頃、聞いた曲の歌手と仕事場で逢うとは? 業界とはいえあまりあることではない。見崎さんは言った。

 「小林くん、田舎はどこ?」

 「静岡の磐田です」

 「おっ! 俺も静岡! 藤枝だよ!」

 「ええ~!」

 

 見崎さんは静岡の進学校藤枝東高校(サッカーでお馴染み・ゴン中山の母校)の出身だった。

 

 しかも、デビュー2曲目は吉田拓郎さんの「恋の歌」をシングルで出しているそうだ。

 

 他のスタッフに聞いたのだが、ミュージシャンを辞めた後は、山本コータローとウイークエンドのマネージャーで、「岬巡り」のリコーダーを吹いていたそうだ。

 「岬巡り」の最も耳に残るリコーダーの音は見崎さんの演奏だったのだ。

 凄すぎる! もはや、マネージャーと言うよりメンバーである。

 

 そんな見崎さんは、ラジオ制作会社の社長となり、この番組の他にも、坂崎幸之助さんの深夜放送も担当していた。こちらは、出演もして、リスナーに人気となっていた。

 

 坂崎さんと見崎さんはミュージション仲間だったのだ。坂崎さんが「見崎さんは楽器の演奏がやたらと上手い」と言っていたのを聞いたことがある。あの坂崎さんが「上手い」と言うのなら、日本ではトップレベルのプレーヤーと言うことに成る。

 

 その後。見崎さんの制作会社は解散したと知らされた。そこからは疎遠になってしまった。

 

 「〇の穴」から30年程だった頃。テレビを見ていると、なぎら健壱さんが街を訪ねる番組で原宿を歩いていた。そして『「ペニーレイン」行ってみようかな! 懐かしいな~!』などと言ってる。

 

 「ペニーレイン」は吉田拓郎さんの唄「ペニーレインでバーボンを」に歌われているミュージシャン伝説の残るオシャレなお店である。

 

 なぎらさんがお店に入ると「おおおお~! 何? 何でいるの?」と叫んでいる。

 中にカメラが入ると、マスターは、あの見崎さんだった。

 私もテレビに向かって叫んだ!「おおおおお~!」

 

 これは、行くしかない!

 私は数日後。原宿「ペニーレイン」を訪ねた。一階のカウンターに見崎さんが居た。

 「おお~!小林ちゃん!元気?」

 「なぎらさんのテレビ見て来たんですよ!」

 「ああ、そう! 何飲む?」

 

 お店の場所は以前とは移動していたが、雰囲気は伝説の店そのままである。私は、「四十才からギターを始めたんですが…十年以上やっても上手くならないんです」と言ってみた。

 

 見崎さんは、二階からギターを持って来て「じゃあ、これ、弾いてみて!」

 見るとアンティークのギブソンのアコギである。「この前、買ったんだけど、音まあまあいいよ!」

 

 弾くと確かに音が良い。私は弾けないが無理やり吉田拓郎の「リンゴ」を弾いてみた。

 「どうやって弾くかわかんないんですが、こんな感じですよね!」

 「ああ、そう! だいたいね! 大体でいいですよ! これ、石川鷹彦さんの演奏だから、プロも弾けないから」

 「そうだったんですか?」

 

 私が他の簡単そうな曲の弾き方を聞くと「いいんだよ!そんなもんで! 上手い!」全然教えてくれない。

 「岬巡り」弾きますから(コード見ないと弾けないが)、リコーダーお願いできないですか?」

 「いや! 今、リコーダーないのよ! あんなの持って歩いてる大人いないでしょ!」

 確かに、その通り! いつも持っているのは昔の小学生ぐらいである。おしくも、夢の共演は果たせなかった。

 

 最近の事だが、四十年以上前に静岡県嬬恋で開かれた「吉田拓郎かぐや姫」の野外コンサートのDVDを買ってみた。

 確か、中学生の頃。朝礼で校長先生が「あんな不良の集まるコンサートは出入り禁止です」と言ったのを思い出す。つま恋掛川市。私の住んでいた磐田市から国鉄で二駅の場所だった。

 

 その思い出を感じながら、DVDを見ると…。客に不良っぽい人は居ないし、健全そのものだし、拓郎さんの熱量が凄い!

 あまりの感動に、フェースブックで繋がっている見崎さんにメッセージをしてみた。このイベントに山本コータローさんも少し出ていたらしいことが分かったからだ。見崎さんがリコーダーを吹いたかもしれない。

 

 すると、返事が来た。

 「私、演奏はしていませんが、スタッフとして行ってました!」

 

 やはり、見崎さんは現場の空気を知っていたのだ。

 

 私はユーチューブで「岬巡り」とザ ラニアルズの曲を聞きながら、このコラムを書いている。拓郎さんが作った「恋の歌」も聞くことが出来た。「ドボチョン一家」も探してみよう。

 

 見崎さんは、今、何をしているのだろうか?

 

 

 

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