放送業界のお話と落研と私的な思い出(瞳尻・黒舟)

「嗚呼!青春の大根梁山泊~東海大学・僕と落研の物語」スピンオフ・エッセイ。放送関係。業界のエピソードと近所の出来事

プロの落語会にアマチュアが出演

 私が東海大学落研の三年生だった時。秦野市のホールで落語会を開催しているスタッフから連絡があった。
 会うと、秦野で開かれる「三遊亭圓窓独演会」の前座を学生にやって欲しいというのだ。主催者は老人ホームの慰問で私の落語を見たようで、是非、素人を出したいと言う。しかも、三人も出られるというのだ。
 
 私はすぐに部室で、希望者を募った。すると、私を含めて三年生の男が三人。さらに、四年生の女子部員・味彩(あじさい)さんが手を挙げた。
 つまり、一人は出られない。そこで、私は公平にアミダで勝負することにした。私が負けてしまったら出られないが、そこは仕方がない。
 
 籤で当たったのは、私、黒舟(三代目 馬好)と切笑(せっしょう)、そして、四年生の女子部員・味彩さんだった。
 
 ここまでは、問題なかったのだが…。数日後、また、主催者からコンタクトがあり、出演は私一人にして欲しいと言うのだ。
 多分、プロの演者側から三人は多すぎるとクレームが来たのだろう。しかし、私は出なくても良いが、大喜びした女性の先輩の手前、いまさら出られないとは言えないのだ。
 すると主催者は、あなた一人の出演となる代わりに、ギャラを三万円払うと言ってきた。
 
 ここで私は怒ってしまった。我々、東海落研はお金のために落語をやっている訳ではない。ここは引くわけには行かない。
 
 「お金はいりませんから、三人出して下さい。ダメなら出ません」と言ってしまった。
 私は気が弱いのだが、人のためとなると急に強気になる時がある。
 
 結局、無理が通って三人出られることになったのだが、プロからしたら、素人が三人も上がるのは迷惑も良いところだ。
 
 しかし、私のせいではないので当日は大手を振って会場へと足を運んだ。素人は怖いもの無しだ。プロの師匠に怒られても主催者のせいにして帰ってくればよいのだ。
 
 会場は千人クラスの大ホール。客席は満員のお客さんで埋まっていた。私の同期が一番に出たが、まったくウケていない。千人もの客がいるのに不思議な光景だ。
 
 そこで、二人目に出た私は「この後、プロの凄い師匠が登場しますが…。比べちゃいけません!」と言って、扇子で高座を叩いてみた。すると、驚いたことに、後ろの客から波が押し寄せるように大爆笑が起こったのだ。
 よくこんなに良いお客さんで、前の奴はウケなかったものだ。
 多分、あまりの大きな会場にびびってしまったのだろう。
 
 私は「反対車」やったのだが、つかみのおかげで、どかん!どかん!と最後まで笑いは止まらなかった。
 
ここで、お客さんはあったまってしまい、次に上がった四年生の女子部員・味彩さんも「初天神」で大ウケ。多分、四年間の学生生活で初めての大爆笑だったと思う。
 そして、彼女の次に上がったのは、二つ目時代の柳家さん喬さんである。
 「棒鱈」を演じて桁の違う大ウケ。プロの腕を見せつけてくれた。
 
 その後、圓窓師匠が上がって「宮戸川」をやって独演会は終わった。学生が三人も出たので、独演会なのに一席しかできなかったのだ。
 これでは本末転倒。主催者は最初から学生など呼ばなければ良かったのだ。
 
 主催者に聞いた話では、圓窓師匠は私の落語を聞いていてくれて「三平さんの系統だね!」と、言ったそうだ。これは、私には最高の褒め言葉だった。ヘタクソだけど、何故かウケている、この時の私の状態を的確に表現している。
 
 主催者は学生が好きらしく、打ち上げにも誘ってくれて、圓窓師匠と飲ませて頂いた。圓窓師匠が今日ウケていた女性の先輩に「女だてらに、噺家になろうなんて思っちゃいけないよ」と言っていたのが印象深い。先に言っておかないと、弟子にこられたら困ると思ったのだろうか? しかし、私には何も言わず「東海のOBに噺家はいるかい?」とおっしゃったので「林家錦平さん(当時・二つ目)、柳家こま女さん(当時・前座・現・一九師匠)、春風亭昇八さん(当時・前座・昇太師匠)です」と答えただけだった。
 
 とにかく、この日は我々の良い思い出となった。プロの師匠と共演できる機会は一生ない筈だ。
 
 あれから、三十年以上たった数年前。春風亭一之輔のFМラジオ「サンデーフリッカーズ」(JFN)のゲストに柳家さん師匠がやってきた。
 
 私は、あの時私が高座で使った扇子を持参してサインをお願いしようと思っていた。扇子にとっても三十年以上ぶりの再会だ。
 
 師匠に、あの秦野市の「圓窓独演会」の時の話をしてみた。
 「私、あの時、師匠の前に出た学生なんです」
 「あっ…そう…覚えてないな…」
 「私の後に女性の先輩が「初天神」をやって、次が師匠でした」
 「ああ…女子大生は憶えてる…」
 
 私は崩れ落ちた。もう、扇子にサインをもらうのもやめてしまった。
 私はそんなに印象がないのか? 学生で一番ウケたのに! キ~ッ!
 
 これは、デジャブだ! 以前、平松愛理さんがゲストに来た時も、同じようなことがあったからだ(エッセイを遡って読んで下さい)。
 
 チックショ~! 私は、気配を消すスパイや忍者が向いているのかも知れない。よし、失業したら伊賀忍者村に履歴書を出そう! なんてことはない!
 
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