私は昭和36年生まれには珍しく野球オンチの少年だった。小3の時友達に「君、プロ野球はどこファン?」と言われても答えることが出来なかった。
地域の少年ソフトボールチームに誘われたが「やりたくないよ!」と言っていた。補欠は嫌だし…。飛んでくるボールが怖かったのだ。
「巨人の星」は見ていたが、あれは野球というより「少年の残酷物語」として見ていた。私にとっては「家なき子」のジャンルだった。
そんな私が初めて長嶋さんを認知したのが週刊漫画だ。当時は漫画の表紙に王・長嶋・大鵬などの写真が登場していた。「ザ・テレビジョン」の表紙みたいに長嶋さんが微笑んでいるのだ(レモンは持っていないが…)。
漫画を読んでいると…。読み切りなのか何かの作品の中なのか覚えていないが…。長嶋さんが病気の少年を訪ねて「君の為に今日、ホームランを打つから、手術頑張れ!」と励まし、本当にホームランを打つところが描かれていた。漫画のエンディングには作者の思入れタップリのナレーション風に「だから…長嶋さんはミスタープロ野球なのだ」(記憶なので正確ではない)というような文が書かれていた。
何だか涙が出て…。「そうか、長嶋はミスターなんだ!」と知った。
突然、嫌いだったナイター中継を観る様になった。今までもテレビは野球の画面が映っていたが、兄が見ているもので、私は内容は見ていなかった。
見ると…全然ルールが分からない。タッチアップをしらず仲間と野球をやると迷惑をかけていた程だ(実はタッチアップを知ったのは高校に入ってからだった)。
だから私は長嶋さんの打席だけを見ていた。今、大谷の打席だけをみるファンと同じである。
数年すると…。テレビのバラエティーで「巨人ファンVS阪神ファンのバトル討論会」をやっていた。阪神ファンがかみついた「長嶋はもう年寄りだから打てない」「いや、ミスターに歳なんかない!」等と言い合っている。
そこで私は初めて「えっ!長嶋さんは歳だったんだ」と気づく。それまで歳など気にしたことはなかった。
スポーツ選手の寿命は短く、プロ野球では30才後半で引退が普通なことを知る。
ある日。学校で一学期の終わりに貰った〇〇漫画祭り(多分)を観に行くと…。漫画映画「サイボーグ009」あたりと抱き合わせで「長嶋茂雄・最後の公式戦」の記録映画を上映していた。ダブルヘッダーの1試合目でホームランを打つシーンに感動した。
私が本格的に野球を観る様になったのは、長嶋さんが引退してからとなった。
もの書きの仕事を始めて、10年ぐらいした頃。長嶋さんが2度目の巨人の監督となった。当時、私は東京FMの「耳の穴」という番組に参加していた。その本番前の打ち合わせの部屋で長嶋さん復帰のニュースを見たのでよく覚えている。
この「耳の穴」の某曜日のディレクターだったKさんが、実は後に「サンデーフリッカーズ」(JFN)の初代プロデューサー。私に「落語家でパーソナリティ出来る人を探して下さい」と依頼した人である。
無理やりだが…長嶋さんから…。サンフリへと繋がった。パーソナリティは野球と違い70才でもやれる。こちらのミスターに引退試合の予定は無い。
宣伝。ネット書籍「嗚呼!青春の大根梁山泊~東海大学・僕と落研の物語~」上・中・下
「嗚呼!青春の大根梁山泊~放送業界編~」も出てます。
直木賞には程遠い、青春エッセイを皆様に…
安いです。上→200円。中→300円。下→300円。
「放送業界編」800円(高そうに見えますが、上中下に分けていないので、枚数と値段は同等です)