放送業界のお話と落研と私的な思い出(瞳尻・黒舟)

「嗚呼!青春の大根梁山泊~東海大学・僕と落研の物語」スピンオフ・エッセイ。放送関係。業界のエピソードと近所の出来事

映画「さや侍」の気持ち…。

 私は万年筆が好きである。不便なので仕事では使わないが、請求書を郵送する時のあて名書きなどは万年筆と決めている。そこで使わないと、出番がないからだ。

 

 唯一、ラジオ「サンデーフリッカーズ」(JFN)の「来週のテーマのネタ出し」の時だけ万年筆を使っているが、普段の執筆ではまったく出番がない。

 でも、作家と名の付く仕事をしていると…。この、万年筆という形に魅力を感じてしまうのだ。

 私の師匠にあたるMTも、モンブランの最高級万年筆で書いた原稿を、弟子にリライトさせて送っていた(字が汚くて読めないのだ。高い万年筆を使う意味が無い)。

 しかし、作家=万年筆という拘りがあったのだと思う。

 

 私はペリカン、デュポン、セーラー、川窪、などを使っている。

 

 松本人志・監督作品「さや侍」を、ご存知だろうか?刀はないのにプライドとして「さや」だけを腰に差している武士の物語である。

 主演は松本さんの番組に出ていた素人の野見さんというオジサンだ。このキャスティング理由が面白かった。野見さんは携帯をポケットに入れているが、契約は解除して使えないというのだ。それを見て松本さんは「使えなくても携帯を持っているのが、野見さんの最後のプライドだと思った」そうだ。そこで「さや侍」の主役にピッタリだと思ったそうである。

 

 この、野見さんの使えない携帯。さや侍の刀の無いさや。この感覚は、私の万年筆と同じ匂いがする。

 

 さや侍は、自分の罪を軽くする為に色々な芸に挑戦する情けない男の物語だ。でも、どこまでマヌケでも刀のさやだけは捨てなかった。

 

 私が無駄遣いで買った万年筆は10本以上ある。メーカーが違うのでインクボトルもその数だけある。

 でも、もったいないとは思わない…。

 

 無駄は心の豊かさから生まれるのである。と衝動買いを正当化している。

 

 

 

 こちらは、さや侍のさやと同じプライドと拘り、男の生きざまを記した青春の書。万年筆ではなく、一太郎で書いている…。それじゃ、ダメじゃん!

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直木賞には程遠い、青春エッセイを皆様に…

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