放送十年を超えた、FMラジオ。春風亭一之輔の「サンデーフリッカーズ」(JFN)だが、私は十年前の放送開始当初、大きな衝撃を受けた。
それは、ハガキの募集がないことだ。時代が変わりメールがハガキに代わっていた(以前もどこかで書いたと思う)。私は十年以上、ラジオから離れていたので「浦島太郎・状態」での参加となった。
その昔と、禁止用語の認識や放送の方法も変わっていた。
昔は本番前にハガキを選んで、生放送の最中は番組に集中できた。
ところが、今は生放送中にも新しいメールが届く。選別しながら「生放送」の音も聞かなくてはならない。長い文では無駄な場所を切ったりすると、放送のリアクションはあまり取れない。
さらに、生放送中のツイッターのつぶやきも、ピックアップして読むというのだ。
これを全部やると、生本番は戦場の様な状態だ。
そして、初期のディレクターは「小林さん、あの人ゲストにブッキングして下さい」と、注文することもあった。
そのゲストは第一回目の「そこが知りたい」に出た、有名な経済評論家のMTさんだ。私は困ったが、個人的なコネを使用して調べたところ。MTさんはネットで直接ブッキング可能なことが分かった。
私は当初は「ダメだった、あきらめて下さい」と言うつもりだったのだが…。
何と!当人と直接電話で話してブッキングが出来てしまったのだ。
こうなると、向こうも「誰かまた、出る人いませんか?」となる。そこで、私は飲み屋さんで会う知り合いを駆使して、有名小説家のMS先生や、ミュージシャンのSMさん、元祖御三家のSTさん、等、驚きのビッグスターまで登場して頂いた。
そして、ある年末。ディレクターが言った。
「お正月に、一之輔さんに隠しで、師匠の一朝師匠をブッキングしたいんですが…小林さん、話を付けて下さい」
何と!無茶な発注である。「私はプロデューサーじゃないよ!」と言う言葉を、ぐっと飲み込み。
一応、交渉だけはしてみることにした。知り合いの落語家ネットワークを通して、一朝師匠に電話すると「そうですか!出ますよ!」
「おおおおおお~!」簡単にブッキングできてしまった~!しかも「いっちょうけんめい」に出演して下さったのだ!
確か、それから三回ぐらい春風亭一朝師匠に、シークレットでの出演をお願いしたと思う。
そして、ある日。一之輔さんが言った。
「もう、一朝師匠を出すのはやめて下さい!出る度に、私は菓子折り持って師匠の家にお礼に行ってるんですよ!勘弁して下さい」
我々、スタッフは簡単にゲストにと言うが…。噺家の世界では師匠は絶対的な神様。
弟子は細心の気遣いをするものなのだ。
それ以来。一朝師匠の出演は無くなった。
そして、この「お正月や記念回のサプライズ」が恒例となり、ドンドンとスタッフの首を絞めることとなる。
「ドッキリ」は毎回だと「ドッキリ」ではなくなってしまうのだ。
このコラムは、次回に続く!
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