放送業界のお話と落研と私的な思い出(瞳尻・黒舟)

「嗚呼!青春の大根梁山泊~東海大学・僕と落研の物語」スピンオフ・エッセイ。放送関係。業界のエピソードと近所の出来事

私は過保護放送作家だ!と実感した!

 落研(私は東海大)の私の一つ下の学年。青山学院・落研の後輩に源海君という男が居た。彼は私より先に放送作家となり、学生時代にラジオ作家デビューを果たしている。

 

 作家としては一年程先輩である。新人の私は、レギュラーを数本持つ源海君は「実力も凄いが、強運の持ち主」だと思っていた。

 何の仕事もなかった私にとっては、眩いばかりのスター作家だ。

 

 今「放送作家協会」のホームページで源海君の文章を読んだのだが…。私の考えは間違いだったと確信した。

 

 彼は橋さんと言う作家(作家としてはさん付けとなる)だ。彼は新人の頃、ラジオ局のゴミ箱を漁って、先輩作家の書いた台本を研究していたそうだ。

 これは、私にはまったくなかった発想である。原稿のコピーをして持ち帰ったことはあるが、ゴミ箱を漁ったことは無い。

 「ゴミ箱漁り」は、とても頭の良い行動である。私の方法だと、近くの先輩や師匠の原稿しか読むことができない。

 

 しかし、ゴミ箱なら、まったく関係ない番組の台本が手に入るのだ。しかも、若き日の橋先生は(今度は先生かい!)いつ、今放送している作家と交代しても、すぐに書けるように「有名番組」の台本を集めていたのだ。確かに、作家は何時誰が辞めるか分からない世界だ。人間関係や急病で辞めることもある。

 ただ、参考にする為なら「賢い奴」なら思いつくかもしれない。そこを、いつでも登板できるように肩を作っておくとは、発想がただ者ではない。

 

 私はこの様な「攻めの行為」はしたことがない。誰かに仕事をフラれると、慌てて準備を始めるのが常だった。

 

 私は師匠に書いた原稿を見せて、添削してもらい、解説付きで教わる学校形式の「過保護作家」だった。

 師匠を持たない橋先生は合理的に「ゴミ箱を師匠」にしたのだ。これは、バランスの取れた多様な文章を生むのに「最短距離の学び方だ」。一人の師匠の流儀にとらわれなくて済む。

 

 学生ですぐに頭角を現すには、やはり、影の努力があるのだ。

 

 私は放送作家ゆとり世代」と名乗ることにする。「強い運」で仕事をしていたのは、私の方だ。

 

 かと言って、今からゴミ箱は漁らないが…。新人作家と会ったら、このエピソードを教えてあげるつもりだ。

 

 しかし、もし、新人作家が春風亭一之輔のFМ「サンデーフリッカーズ」(JFN)の台本をゴミ箱で漁っていたら…。私は言うだろう。「他の番組の台本を探しなさい」

 

 あの台本は「新人には毒だ!」と思う。基本を勘違いしてしまうに違いない。

 

 

 

私はまともな仕事を貰うまで三年かかった。その訳が、このエッセイで分かります。

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