元フォークダンスDE成子坂の桶田君は落語がダメな人だった。古典落語を聞こうとしても、どうしても眠くなってしまうというのだ。
彼にとっては名人の落語も人間国宝の落語もお経と変わらないのだ。これは、女子高生などがよく言うセリフである。やはり、天才の感覚は若いのだと思った。
そんな敬太郎君が言った。
「談志師匠の枕って面白いですね! 予測のつかない展開なんですよ! でも、落語に入ると寝ちゃうので、枕だけ聞いてます」
これは、目から鱗の発言である。「落語」が根本から苦手な男が「枕のみ」に食いついたのだ。しかも、談志師匠だけ好きというのも、敬太郎らしい。
「枕の方が面白い」というのは古典落語の問題点を指摘している様にも聞こえる。落語を知らない人の素直な感覚だったのかも知れない。
敬太郎君が私に聞いたことがある。
「「火焔太鼓」って何で有名なんですか? どこが面白いんですか?」
「いや! そう言われても…」
私は答えに困った。「火焔太鼓」は面白いのが前提で「つまらない」と考えたことがなかったからだ。
その会話から五年程たっただろうか? 敬太郎君が言った。
「瀧川鯉昇さんって面白いですね! 初めて落語の本編を寝ないで観られました。先の展開が予想できないんですよ」
彼の基準はやはり、先が読めないことだった。
初めて古典落語で笑ったというのだ。それ以来、鯉昇師匠の出るテレビはいつもチェックしていたようだ。
さらに、数年後。敬太郎君が言った。
「瀧川鯉八って面白くないですか?」
「えっ!」
敬太郎君は鯉八さんが鯉昇さんの弟子だということも知らないのに、そう言ったのだ。しかも、ネットでたまたま見たものらしい。
私は下北沢の「しもきたドーン」という劇場で。若手の落語会をプロデュースしたことがあり、鯉八さんにも独演会をやってもらった。
鯉八さんは、この劇場を敬太郎君と仲間が手作りで造った小屋だと聞いて…。
「僕、フォークダンスDE成子坂が好きで、よく観に行ってたんです。今日、来てますか?」
「会えるよ! 呼ぼうか?」
「…いえ! やめときます! まだ憧れの人には、簡単に会わない方が良い様な気がします…」
この感覚は良くわかる。
話は戻るが「談志師匠の枕」「鯉昇師匠のテイスト」が敬太郎と近いものがあったのだろうか? その弟子の鯉八さんまでもが、敬太郎と近い感覚だったのかも知れない。
しかし「火焔太鼓」は何故面白いのか? 私には今も説明できない。「面白いから面白い」のだ。ギャグが盛り沢山だし、スピーディーだ。
一つ思うのは、落語の途中で寝てしまう敬太郎君が「火焔太鼓」を眠らずみられたのは「他の古典より」面白く感じたのではないだろうか? 他の話は内容さえ分からず寝てしまうから、疑問も湧かなかったのだ。誰の「火焔太鼓」を見たのかを聞いていないのが残念だ。
天才! 敬太郎の感性は凡人には理解できない。
ちなみに、鯉八さんの独演会の数か月後。敬太郎は逝去した。
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