放送業界のお話と落研と私的な思い出(瞳尻・黒舟)

「嗚呼!青春の大根梁山泊~東海大学・僕と落研の物語」スピンオフ・エッセイ。放送関係。業界のエピソードと近所の出来事

私は「ちりとてちん」を作ったことがある

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チリトテチンの瓶詰め

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瓶の裏側



 知り合いが経営する下北沢の劇場「しもきたドーン」では、落語会が開かれている。芝居やお笑いライブの劇場で、この会社には元・フォークダンスDE成子坂の敬太郎君が役員として参加していた。

 

 この劇場の立ち上げの頃。「落語徹底調査会・ちりとてちん」と言う会が開かれた。これは、古典落語ちりとてちん」を聞いた後、本当に作るとどうなるか? というスライドによる発表をするという会だ。

 ちなみに、落語「ちりとてちん」は腐った豆腐に唐辛子を混ぜた物を、嫌いな奴に食べさせるという噺である。

 

 落語「ちりとてちん」を演じるのは、知り合いの林家彦いち師匠にお願いした。

 

 スライドの研究発表を行うのは私、放送作家小林哲也である。安請け合いで引き受けたのだが、作るからには拘らないといけない。まさか、こんなに大変なことになるとは予想だにしなかった。

 

 まず問題は、どんな豆腐を使うかだ。その時、NHKの「プロフェッショナル」で日本一の豆腐屋さんの放送を見た。日本一なら「ちりとてちん」の素材として間違いないだろう? 調べてみると、この豆腐屋さんは絹ごし豆腐を作っている。

 そこで疑問がわく。古典落語の時代に「絹ごし豆腐」はあったのだろうか? 調べると、初めて「絹ごし」が出来たのは、ずっと近年。素材としてはNGだ。

 

 スーパーの豆腐を使うと、防腐剤などで腐りにくく成っている可能性があるので、

 近所の個人店の木綿豆腐を買うことにした。

 私が好きな生田駅近くの豆腐屋さんを訪ねた。すると、営業していない。廃業していたのだ。その足で、隣の読売ランドの前駅近くの豆腐屋さんへと移動した。すると、ここも、美容院になっていた。「「ちりとてちん」で見えて来る現代の豆腐屋事情!」発表の時、これを叫んだら笑いがとれた。

 

 後日、近所でまだやっている豆腐店を見つけ、朝八時頃買いに行った。すると、「木綿はまだできてません。一時間待ってください」との返事。「「ちりとてちん」で見えて来る現代の豆腐屋事情」。またも笑いがとれた。今時、その日の朝ごはんの豆腐を買う人は居ない。だから、豆腐屋さんはそんなに早起きしないのだ。

 

 一時間後。喫茶店で時間をつぶして念願の「木綿豆腐」を手に入れた。

 

 私はこれをジップロックに入れて、二週間腐らせることにした。毎日、どんどんと色が変わってゆく。落語の中では赤や青の綿の様なものが出来るのだが…。実際に作ると、黄ばんだ色になるが綿の様にはならない。

 そこで私はひらめいた。ワインや日本酒にクラシック音楽を聞かせて醸造する製法があると聞いたことがある。私の作る「ちりとてちん」には落語を聞かせてみよう。

 ユーチューブでン人間国宝・五代目・小さん師匠の「ちりとてちん」を聞かせてみた。

 ついでに、音楽も聞かせよう。私が自分でギターを弾いて生歌で、泉谷しげるの「春夏秋冬」を聞かせてみた。劇場の発表では、「ちなみに、この歌を歌いました。皆さんも豆腐になった気持ちで聞いて下さい」と言って、生ギターで唄った。皆さん、私の唄に脳みそが腐る思いをしたことだろう。

 

 翌日驚いた。恐ろしい程腐り方が進んだのだ。豆腐の角が崩れてクリーム色と茶の間ぐらいになった。小さん師匠がきいたのか? 私の唄がきいたのかは定かではないが、音と熟成には科学では解き明かせない関係がある様だ。

 ジップロックを突き破り悪臭が出る様になった。耐えられなくなって、「ちりとてちん」をベランダへ出した。すると、ハエが止まり。追っても動こうとしない。

 

 これに唐辛子を混ぜるのだが、どんな唐辛子が良いのだろうか? 私は拘るために浅草の「やげん掘」まで行って激辛の七味を購入した。

 

 家に帰ると、玄関に張り紙があった。「小林さん、ベランダが臭いのでなんとかして下さい」。近所からの苦情である。この張り紙の写真が出た時、会場は笑いに包まれた。「家にちりとてちんがあると、ご近所付き合いに支障がでる!」

 

 早速、熟成はやめて作ることにした。マスクをしても混ぜる時、刺激臭が鼻を襲う。そして、しっかりと瓶詰めにした。瓶詰めはジャムを詰める時と同じ煮沸処理をした瓶に詰めている(腐っているから意味はないが拘りである)。しかし、悪臭は瓶を突き抜けてくるのでジップロックに入れた。

 

 半分ぐらい余ったので、近所に、野良猫が多い階段に行って皿に入れた「ちりとてちん」を置いて観察することにした。

 すると、何かが違う。いつも、三匹は居る野良猫がどこにも居ないのだ。

 野生の動物には鋭い勘があって山火事になる前に「移動して逃げる」と言う。

 野良猫にも「ちりとてちん」が来ると分かったのかもしれない。これを、発表したら会場に笑いが起こった。

 

 ちなみに落語「ちりとてちん」では、隣の三味線が聞こえて「ちりとてちん」と命名するくだりがある。そこで、三味線漫談の林家あずみちゃんに聞いてみた?

 すると動画でその訳をしっかりと説明してくれた。三味線の弦の音は、何も押さえず開放弦で弾くと「ちり」「とて」「ちん」の音なのだそうだ。

 この検証は勉強になる。会場からも関心の声が上がった。

 

 「落語徹底調査」は大成功だった。しかし、一つだけ痛恨だったのは、前半で彦いち師匠がやった「ちりとてちん」では、七味ではなく一味を混ぜて作っていたのだ。

 「七味」を使った私の大失敗である。これでは正しい「ちりとてちん」の香りでは無いかもしれない。私が素直に謝ると会場は笑ってくれた。

 

 会場には「ちりとてちん」の瓶詰めとファブリーズを置いて、匂いを抑えながら写メを撮れるようにした。これは好評で、皆が撮っていた。

 

 終演後。彦いち師匠も、この発表を気に入ってくれて「この落語会は続けるべきです。まとめれば、本が出せますよ!」と言ってくれた。私もそのつもりでいたが、苦労のわりに全然儲からないという現実を突きつけられた。

 赤字なので主催者に「また、やりましょう」とは言えない状況だったのだ。

 

 あれから二年以上たつが、主催者からの次のオファーは無い。誠に残念である。

 かといって、実費でやる勇気のない私である。

 

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