春風亭昇太師匠が弟子の前座さんに「特別給付金」十万円を与えたと報道された。春風亭一之輔師匠は落語の枕で「私はしません」と言っていたが、私は昇太さんらしいと思った。
落語の弟子は基本、食えないと分かって入門しているし、師匠が断っても「どうしても」と頼んで入れてもらっている。
自分で分かって入っているから「自分でなんとかしろ」これが一般的な考えである。
三十年ぐらい前だろうか? 昇太さんがうちへやって来た。
「小林! 電子レンジ買ってやる!」
あまりに突然だが、嬉しいので、そのまま近所の小さな電気屋へと向かった。
店まで歩きながら
「俺、電子レンジ買ったんだよ! これが、凄いんだ! ジャガイモなんか、チンするだけでホクホクだぞ!」
どうやら、初めて電子レンジを買った感動を伝えたくて、ついでに買い与えてくれる様だ。とても現代人の会話とは思えない。売れ始めの頃だから、一気に生活が向上したのだろう。
売り場で私は二番目に安い電子レンジを指さして「これがいいです」と言った。すると昇太さん「これはダメ! 俺のより機能が良い! こっちにしろ!」
値段は大して変わらないが、負けず嫌いな師匠なので、そこは譲れないのだ。
そこでもっとも単機能のレンジを買って頂いた。実は、このレンジ今も使っているが、確かに便利だし、単機能の方が使い方が簡単で良い。
しばらくたった頃。また、昇太師匠がやって来た。
「小林! ウォシュレット買ったんだけど、スゲーぞ! 一度使ったら、もう、紙にはもどれないぞ! お前にも買ってやる!」
「ありがとうございます!」
当時、一番安い物でも七万円はする品物である(正確には他社のシャワートイレ)。これは、近所の店には売っていないので、昇太さんは、どこかの量販店で買って家に持って来てくれた。
「これ、自分でつけられますかね~!」
「しょうがね~な~! 俺が付けてやる!」
何と! 設置までやってくれたのだ。途中でパーツが一つ足りず水が漏れることに気づいたのだが、ラップを使って手作りの工夫をして直してしまった。
「どうだ! 洗ってみろ!」
「今ですか?」
「当たり前だ! 使って感動しろ! この愚者!」
トイレのドアを半開きにして、座ってみた。
「まずは、大をしろ! バカ!」
「今は無理ですよ!」
「汚れないと、本当の良さがわかんね~んだよ! オラオラ! このうんこ野郎!」
もはや、言ってることが分からない。ドアを閉めてチャレンジしてみた。
「うおおお~! 本当だ! これは人類の夜明けだ!」
「そうだろう! 「2001年宇宙の旅」の猿が道具を使った瞬間が、今のお前だ! この愚者! 洗え! 猿男!」
確かに、人類のステージが一つ上がる瞬間を見た。
また、こんなこともあった。世田谷の経堂駅前を二人で歩いている時。
「小林! 服ジャンケンだ!」
「えっ! いきなりですか?」
「この店で好きなシャツを選べ! 俺も選ぶから、払いはジャンケンで負けた者が払う! どうせ、お前が負けるんだから、好きなのを選べ! 貧乏人!」
またもや無茶苦茶なことを言っている。私はチョット高いジーパン生地のリーバイスのシャツを選んだ。すると昇太さんは「この野郎! 俺より高いの選びやがって、でも許してやる! それは、お前が負けるからだ!」
「ジャンケン! ポン!」
チョキを出す私に、チョット遅れてパーを出す昇太師匠。
「ク~~! 負けたか~! よし、買ってやるバカ!」
私は思った。この人、わざと遅出しして負けて私にシャツをプレゼントしてくれたのだ。
このジーンズ生地のシャツは丈夫で、今も現役で活躍している。
昇太給付金ならぬの「昇太現物支給」である。
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