放送業界のお話と落研と私的な思い出(瞳尻・黒舟)

「嗚呼!青春の大根梁山泊~東海大学・僕と落研の物語」スピンオフ・エッセイ。放送関係。業界のエピソードと近所の出来事

雑談で思い出した!あのタレントさん…

 ラジオの生放送の合間に、つまみ枝豆さんの話が出た。とても喧嘩が強いらしいという、お笑い好きなら一度は耳にしたことのある話題だ。

 

 私は枝豆さんと直接話したことはないが…。同じ空間に居たことがある。昔、世田谷の小田急線の某駅近くのパチンコ屋で、一人遊戯を楽しむ枝豆さんと遭遇した。私は5つぐらい左に座ったと思う。当時、私はウルトラマン(実写ではなく絵のバージョン)と相性が良く、連続で10箱ほど出していた。私は心の中で「枝豆さんは、なんでここに居るんだろう?近くに住んでいるという噂は知らないし…。あっ!隣駅にたけしさんがオーナーのアパートがあったら、そこに居る若手芸人と待ち合わせかな?」など、色々と考えていると…。あっと言う間に負けてしまった。これは自分のせいだが…。

 

 さらに、思い出した!40年程前。東海大学落語研究部の文化祭の高座に、テレビ朝日の番組「ザ・テレビ演芸」の勝ち抜きコーナーに出演した芸人さんを沢山呼んだことがある。この時。カージナルスも含まれていたのだ。私が呼び込みをしていると、ガダルカナル・タカさんが歩いて来た。「楽屋までご案内します」と案内したが、三階まで歩きで「遠いなー!」と冗談交じりの文句を頂いた。実は、この時の企画は先輩のコネで実現したもので、プロの演者さんは交通費だけ支給という最低の営業だったのだ。メリットは「新ネタを大学生の客の前で試せる」ぐらいである。義理で仕方なく来たのに楽屋が遠くてうんざりしていたのだろう。

 この時。呼ばれた芸人さんにはブッチャーブラザーズ、東京バッテリー工場、聖モカ、すがぬましん、(敬称略)などが居た。

 そして、主任(とり)は、まんだら~ず(四年生の先輩(あの人達)・「ザ・テレビ演芸」の初代グランドチャンピオン)だった。

 

 私は枝豆さんとは会話しなかったが…。高座でのカージナルスは最も得意なインディアン・コントを披露。ネタおろしを試すどころか、酷い仕事でも「絶対負けないぞ!」という気迫が感じられた。この後、インディアン・コントで「お笑いスター誕生」で勝ち抜くことになるのだから、鉄板の面白さだった(まだ軍団に入る前だったと思う)。

 

 枝豆さんは、数十年後…。落研の後輩の劇団主催・演出・役者・脚本家の穴吹一朗君と一緒にライブをやっていた。穴吹君はあの文化祭の時は入学前なので遭遇はしていない。

 

 今、ブッチャー・ブラザーズのリッキーさんはサンミュージックの社長、枝豆さんはオフィス北野の社長である。

 後の社長さんを交通費だけで呼びつけるとは…。ウチのクラブは酷いことをしたものだ。

 ブッチャー・ブラザーズさんは、呼んでもいない別の日にも来て「新ネタを試したい」と高座に上がってくれた。お陰で出られなくなった学生が居たがご愛敬である。

 

 私の中では、なんだか不思議な「運命」の伏線回収である。しかし、直接の面識はまったくないじゃねーか!

 

 

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直木賞には程遠い、青春エッセイを皆様に…

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