放送業界のお話と落研と私的な思い出(瞳尻・黒舟)

「嗚呼!青春の大根梁山泊~東海大学・僕と落研の物語」スピンオフ・エッセイ。放送関係。業界のエピソードと近所の出来事

パソコンが壊れる恐怖。

 私はいつも、パソコンが壊れる恐怖と戦っている。仕事の途中で突然壊れたら大変だ!仕事先に「パソコンが壊れちゃったんで…」とは言えない世界である。

 相手に「またまたー!嘘の言い訳ですか?」と言われかねない。これは、かつての先輩達が「親や親戚を何人も殺して」嘘をついて言い訳してきたことの弊害だ!

 

 「狼少年」は自分で嘘をついて失敗するが、他人の嘘で疑われるのは困る。

 

 テレビ創世記の放送作家は人数も少なく、一人が何十本ものかけもちをしていた。その為、原稿が間に合わないのは日常茶飯事。会議に手帳だけ置いてトイレに行くふりをして別の会議に出た先生がいた程だ。これは「T先生の見せ手帳」という伝説になっている。

 

 しかし、こういった破天荒な作家先生は団塊の世代あたりの方々である。それ以降は、真面目な性格が多い。我がまま度が低くなり、反対されたら強くは我を通さない世代だ。

 

 これは手書き世代とパソコン世代の違いなのかも知れない。私もパソコンは苦手だが、手書きで仕事をしたのは最初の六年ほど。後はワープロ専用機で原稿を書いていたのでパソコンで文字だけの原稿なら対応できる。

 

 実際。全ての仕事はパソコンでメールに添付して送っている。手書きの原稿を持参して、さらに、そこから直して本番を迎える昔のスタイルは今はない。

 本番三十分前に、いきなりコントを振られて、すぐに書き上げる先輩作家を見て憧れたものだ。私にはとてもできない神業に見えた。

 私が羨望の眼差しで見ていると、その先生の弟子が私に耳打ち。「あのコント、よそでやったコントの使いまわしだよ!」。なんと!夢の壊れる言葉だろう。しかし、自分の書いたものなのでパクリではない。

 その先生は当時、日本のトップ5に入る放送作家だった。売れすぎるとそんなテクニックも必要なのだろう。

 私はやったことがないが、若手を雇って下請けでアイディア出しさせる先生も居たようだ。

 当時の先生達のパワー、独創性、存在感には脱帽だ!

 

 手書きの時代にパソコンが壊れる恐怖は無い。全ては脳みその中だけの勝負である。

 当時、凄い作家は「字の形も面白い」と言われた。カリスマ性があった。私も字が面白い原稿を見たことがあるが、どうマネしても同じ様なものが書けない。字の形までマネしたが、やはりダメだった。

 その先輩が、パソコンで原稿を書くようになり、見ると、やはり面白かった。未だに何が違うのか分からないが、文章の魅力とはそんなものなのかも知れない。

 

 私はその人のマネをやめた。

 

 それから、仕事が来るようになった…。人生は皮肉だ…。

 

 

 

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