放送業界のお話と落研と私的な思い出(瞳尻・黒舟)

「嗚呼!青春の大根梁山泊~東海大学・僕と落研の物語」スピンオフ・エッセイ。放送関係。業界のエピソードと近所の出来事

ラジオのゲストと名古屋の音楽番組「5時SATマガジン」

 FMラジオ「サンデーフリッカーズ」(JFN・春風亭一之輔汾陽麻衣)のゲストにはロックスターがよく登場する。

 情報収集の為にネットで検索すると、かなりの確率で「5時SATマガジン」「ロックウェーブ」という動画が出てくる。

 

 この「5時SATマガジン」は、私が構成に参加していた音楽番組である。「ロックウェーブ」とは、この番組が毎年開催していた大規模野外フリーコンサート(無料)の名称である(後に「ラブロックス」と改名)。

 ハガキ応募で、トップアーティストが生で観られる夢のフェスティバルだ。その動画が複数アップされている。

 

 私もコンサートの現場に居たので思い出が蘇る。出演していたのは、BOOWYブルーハーツジュンスカ聖飢魔Ⅱ永井真理子、ラフィンノーズ、ユニコーンレピッシュ、ジギー、米米クラブバービーボーイズ、X、…等々。上げたらきりがない。

 出演者が良いだけに、客席の危機管理が大変だ。客が舞台前の柵を押して壊しそうになった時。放送作家の私達も柵を押さえに行って「押さないで下さい!事故があると、このイベントが中止になります」等と叫んだものだ。この番組の視聴者さんである若者はマナーが良く、スタッフがお願いすると「すぐに静まってくれた」。

 炎天下で熱中症になったお客さんを救出して木陰で介抱したこともあった。この番組はスタッフ全員が出来る雑用はなんでもするというクラブ活動的な運営をしていた。

 そのチームワークが長く続いた秘訣だったのかもしれない。

 

 ラジオのゲストの為に調べたのだが…。思い出ばかり出てきて、仕事にならない。

 

 今もブルーハーツの映像をしばらく見てしまった。

 

 つまり「サンフリ」の年末は、「5時SATマガジン」「ロックウェーブ」に出ていたミュージシャンのあの人と、毎年恒例のあの人が来るということだ。

 

 今から楽しみである。

 

 ちなみに、先週のサンデーフリッカーズのゲスト、水道橋博士さんは甲本ヒロトさんと同級生である。

 

 

 音楽と言えば、サザンと加山雄三、YМO、吉田拓郎かぐや姫、しか知らなかった学生時代。昭和55年に、志ん朝、談志、円楽、柳朝、小三治、の各師匠に夢中になっていた。コピーでマネをするのは無理(物まねも苦手)と悟って苦しみの日々が始まった。結局、たどり着いたのは先輩のコピーとアレンジに自分を足すこと…。先輩は落語芸術協会の会長となった。おバカな学生のドキュメント!

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直木賞には程遠い、青春エッセイを皆様に…

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