放送業界のお話と落研と私的な思い出(瞳尻・黒舟)

「嗚呼!青春の大根梁山泊~東海大学・僕と落研の物語」スピンオフ・エッセイ。放送関係。業界のエピソードと近所の出来事

桶田敬太郎君が突然④

 元・フォークダンスDE成子坂の桶田君から、突然、電話があった(電話は全部突然だが、タイトルにしてしまったので「突然」にした)。

 「小林さん、野池のバス釣り行きませんか?」

 「何それ? どこの池?」

 

 野池とは田舎にいくらもあるマイナーな池のこと。日本全国の野池に違法でブラックバスを放流した悪者が居て、何でもない池に生息しているというのだ。

 しかも、ネットなどの情報で載っているところは人気があって魚がスレている(釣りに警戒心がある)から、カーナビの地図だけを頼りに、新しいスポットを見つけようというのだ。

 これは、かなりマニアックで初心者にはハードルが高い。しかし、私は「行こうか!」と言った。何故なら私は「断らない男」だからだ。

 

 茨城の霞ヶ浦近辺だと思うが、カーナビに池を見つけると、とにかく行ってみた。行くと、個人の敷地だったり用水池だったりして、なかなか釣れそうな池は無い。

 そんな中、細い道を森の中に入ってゆくと小さな沼の様な野池を見つけた。車がすれ違えない様な細道で、この野池が行き止まりにある。

 

 「小林さん、これは居ますよ、きっと!」

 見ると、ハスの様な植物が八割をおおっている。普通のルアーでは植物に針がかかって釣ることはできない。

 そこで、針を内部に隠したオフセットと言う方法で、敬太郎君がキャストした。ガサガサッ!と音がして「きた!」と竿を合わせると大きく弧を描て竿が曲がっている。

 私は言った。「凄い! これは、きたかも?」

 

 次の瞬間。針が外れてルアーがこっちに飛んできた。

 

 これは、私もやろう!マネして植物の切れめにキャストするが、何の反応もない。その後、なにもこなかったのである。さっきのは沼の主か?バスではなくても雷魚の大物の可能性もある。我々が悔しがっていると、そこに、地元の老人が通りかかった。

 

 老人「あれ! あんたら、こんなとこで釣して、何か釣れるだかね?」

 私「いや、何が釣れるかわからないんで、とりあえずやってます。さっき、何かかかったんですけど、バレちゃったんですよ!」

 老人「ああ、そうかい!ワシは昔からこの辺住んでるけど、ここで魚が釣れたのは見たことがねえ! カエルじゃねえかな?」

 

 よく見ると、沼のいたるところにカエルの鳴き声がする。次の瞬間。敬太郎君が「きた~!」と竿をしならせた。見ると、アイロンぐらい大きなカエルがかかっていた。

 

 我々はガッカリして、別の場所を探すことにした。すると、田んぼの横に大きな野池があった。これは、何か居そうである。

 二人で釣りを始めるが、あたりらしきものは何も無い。

 

 すると、地元の老人が通りかかった。

 老人「あんたら、ここで釣れるかね?」

 私「いや、全然、釣れないですね!」

 老人「そうだろう、ここは、先週、水を全部抜いて掃除した用水池だから、何もいないよ!」

 

 私はひっくり返って笑った。これは、古典落語「野晒し」の枕でよくやる小噺と同じではないか? 小噺では地元の人が「釣れますか?」とたずねて「今朝からやってるんですけど、ピクリともしませんよ」と答えると「そうだろうねー、そこはゆんべの雨で水が溜ったところだから」と落ちが来る。

 

 この小噺と全く同じだったのだ。多分、この小噺は昔の人の実話ではないだろうか? 我々と同じように新しい釣り場を開拓しようとして、地元の人に教えられたのだと思う。 

 

 我々は、そのままガッカリして帰ったが、敬太郎君は私に小噺のルーツを気づかせてくれた。やはり、この男、何かを持っている。

 

 そして、もう一つ。私はこの時に悔いを残している。今、テレビで人気の「池の水全部抜く」を見るたびに「あの時、俺はこの企画に気づくチャンスを見逃していた!」と思うのだ。落語の小噺にばかり頭が行ってしまい。「池の水全部抜く」という、大ヒットのキーワードを見逃してしまったのだ。

 あの時は「池の水全部抜く」が始まる十年も前である。

 魚は釣れなかったが、金の鉱脈が転がっていたのだ。人生、何事も見逃してはいけない。勉強しなおしてまいります。