放送業界のお話と落研と私的な思い出(瞳尻・黒舟)

「嗚呼!青春の大根梁山泊~東海大学・僕と落研の物語」スピンオフ・エッセイ。放送関係。業界のエピソードと近所の出来事

桶田敬太郎君が突然➄

 元フォークダンスDE成子坂の桶田君が突然言った。

 「小林さん、引っ越しませんか?」

 「えっ! 引っ越すの? 何それ?」

 

 当時、私は世田谷に住んでいた。聞くと、敬太郎君は最近、生田に引っ越して二つ隣の部屋が空いているというのだ。これには、さすがの私も断った。

 どう考えても世田谷の方が仕事に行くのに便利だし、飲食街も充実している。すると、「とにかく物件見に来ませんか? 安くていいんですよ!」

 まるで、不動産屋の売り込みである。

 「じゃあ、引っ越さないけど見にゆくよ」

 

 自分の引越しに合わせて引越しを勧める人は、人生で二人目である。一人は大学の先輩、春風亭昇太師匠。そして、敬太郎である。二人とも私が天才だと思っている人物だ。ちなみに、その時私は昇太師匠に勧められたマンションに住んでいた。その時、昇太さんは「お前、最近、売れてきたんだからアパートに住んでちゃダメだ! 俺が引っ越したマンションの一階に引っ越せ! 俺達は良いところに住むと、それに見合った仕事が来るもんだ」と言った。

 私は素直に引っ越した。おかげで家賃が二倍以上に上がってしまったが、その時は仕事が多かったので何の問題もなかった。

 

 しかし、天才は何故人に引越しさせるのが好きなのだろう? とりあえず、生田の物件を見に行った。すると、山のてっぺんでかなり遠い。そこに、不動産屋と敬太郎が待っていた。見ると二階屋の長屋形式の鉄筋で、一階がダイニングキッチンと居間。二階にベッドルームと畳の日本間、バスルームがあり、ベランダが五畳ぐらいある。テーブルを置いて酒が飲めるスペースである。中々良い。

 いや、いかん! 俺は今回断るつもりなのだ!

 「家賃高いんでしょ?」

 聞くと、駐車場代を入れると世田谷より少し高くなる(今は1LDK)。

 「今より高くなるから、やめるよ!」と言うと、不動産屋が言った。

 「駐車場の料金タダにしましょうか?」

 「えっ! タダ?」

 駐車場代を引くと、何と! 世田谷の部屋より一万円は安くなって部屋が二部屋増えてしまうのだ。しかも、屋根裏収納に大量の荷物が置けることも分かった。

 

 いかん! 断る理由がなくなってしまった。私は引っ越すことにした。何故なら私は「断らない男」だからだ(結局ことわらないのか!)。

 

 ある日、突然、敬太郎君が私に言った。

 「この辺は子供育てには環境が良くないんで、僕、世田谷に引っ越します」

 「こらこら!」

 「ちなみに、世田谷の物件の近くに、開いてるところがあるんで小林さんも引越しませんか?」

 さすがの私も、これは断った。

 

 実は、昇太師匠が私にマンションを紹介した時も、師匠はしばらくして引っ越して行った。やっぱり、天才は同じようなことをするものなのだ。

 

 普通人の私は、今も生田の物件に住んでいる。