放送業界のお話と落研と私的な思い出

放送関係。業界のエピソードと近所の出来事

「ジャズの流れる寿司屋」

 三十年以上前のこと。私が新人放送作家の頃。師匠のМから事務所に電話があった。
 「今、六本木のジャズが流れる寿司屋にいるんだけど、お前も、こい!」

 師匠のМは六本木の交差点近くの、この寿司屋によく行っていた。

 事務所は乃木坂なので歩いてすぐだった。わざわざ「ジャズが流れる」と言わなくても良いのだが、師匠は必ずこの店を「ジャズが流れる寿司屋」と呼んでいた。
 多分、ジャズが流れるオシャレな寿司屋というのがステイタスだったのだろう。

 しかし、何故突然呼び出したのだろう? 一緒に行ったことはあるが、後から呼び出されたのは初めてである。

 店に着くと、当時、日本で最も有名な若手放送作家のA先生が隣に居た。ハガキ職人から放送作家になり、猫の名前のアイドルグループの番組構成と作詞を手掛けた、あの大先生である。

 

 Aさんは師匠Мの後輩。以前、大阪の漫才師のギャグビデオを作った時、サブ作家がAさんだったと言う。事務所でもよく「Aは偉くなったもんだ。俺の下でやった時も、あいつは優秀だった」と言っていた。


 「A! こいつ、うちの弟子の小林! 仕事やってくれ!」
 「いえいえ! そんな…」
 
 聞くと、この店で偶然、師匠МとAさんが一緒になったので昔話をしていたそうだ。

 

 М「A! 印税凄いんだろう! この野郎!」
 A「いえいえ! そんな! まあまあですよ」
 М「そんな訳ないだろう? 俺に作詞させろ! この野郎!」

 師匠Мは、とても嬉しそうに話していた。超売れっ子のAが自分に敬語を使って恐縮しているのを楽しんでいる様だった。
 そして、弟子の私にその姿を見せたかったのだろう。基本的にはお酒を飲まない師匠Мだが、この日はご機嫌だった。

 

 Aさんは、柔らかな物言いで終始敬語を使い、先輩を立てることのできる人だった。「やはり、売れる人は違う」と思ったものだ。

 

 М「A!ワイン飲むか?」
 A「頂きます」

 

  何気にメニューを覗くと、恐ろしい金額のワインである。

 

 М「小林! Aのオゴリだって!」
 A「いや…良いですよ!」

 流石は印税入りまくりの男。平然と言い放った。

 

 М「やっぱり、Aは偉いな!小林!これが売れる奴の言葉だ!覚えとけ!」
 A「いえいえ!」

 それから一時間ほど盛り上がって、Aさんが伝票を捜していると。


 М「もう、払っといたよ!」
 A「えっ! ご馳走様です!」(深くこうべを垂れた)
М「これからも、よろしくな!」

 

 A先生の収入は、師匠Мの十倍は軽く超えていた筈である。しかし、それでも後輩には奢るのがМの流儀なのだ。

 

 師匠Мは嬉しそうだったし、Aさんも嬉しそうだった。先輩後輩の関係を楽しんでいるように見えた。

 

 でも、私は心の中で「数万円のワインより、一万円札くれた方が嬉しいのにな!」と無粋なことを考えていた。


 当時の私にとって食事は牛丼で充分である。寿司もワインも無駄にしか思えなかった。その感覚は今でもあまり変わっていない。

 

 後輩には奢るが、超高級店には行かない私である。
 

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