放送業界のお話と落研と私的な思い出(瞳尻・黒舟)

放送関係。業界のエピソードと近所の出来事

前回の続き!

 うちの事務所「М商店」は乃木坂の当時の防衛庁(今の六本木ミッドタウン)のはす向かいの路地を入った所にあった。斜め向かいには写真の乃木坂スタジオがあった。


 同じマンションにはアイドルが所属するタレント事務所もあり、なんとなく、業界の匂いがした。


 実際の事務所の部屋は、十畳ぐらいのワンルームで質素な物件だが、歩いてすぐディスコがある。静岡の田舎者にはまばゆいばかりの立地である。

 朝の九時に事務所へ行って電話受けをする。要件をメモして伝えるだけの仕事である。


 一か月もたった頃だろうか? 師匠が言った。

 「今度、忘年会あるから、その台本書いてみろ」
 「えっ!」
 「うちの事務所とTF事務所と芸人の事務所のTU企画の合同でやるから。Tちゃんと、K遊三、YネSケ、KゑN、(イニシャルの意味があるのだろうか?)も来るから。内容は任せる。ウケなかったらクビだ!」
 
 あまりに、突然で、あまりに理不尽な発注である。当然、放送をする訳ではない。ただ、宴会の肴として若手の台本の不備を笑おうというのだ。


 この台本と宴会の様子は「嗚呼!青春の大根梁山泊東海大学・僕と落研の物語~」完全版に記したので、ここでは割愛する。

 

 宴会の素人丸出しの台本が、突っ込まれまくりでウケたので、私はなんとかクビを免れた。


 しかし、翌日、М師匠が言った。

 「小林は、文章力がいまいちだから、毎日、本を読め! まずは、シェイクスピアから始めろ。本を読んだら、この机に積んでゆけ。天井まで壁になるまで読め。本の代金は俺が出してやる」

 

 本を自由に買っていいとは、この世界の師匠としては、とても優しいありがたいお言葉である。でも、ナマケ者の私は、心の中で「沢山、本読むの嫌だな~!」と思っていた。

 

 しかし、先生の命令を背くわけにはいかない。まずは、シェイクスピアの「マクベス」「リヤ王」「「ハムレット」等を、次々に読んで机に積んでいった。


 どんどん増える本を師匠も嬉しそうに見ていた。しかし、私はナマケ者である。もう一人の自分が頭の中で呟いた。「これ、読まずに積んでもバレないんじゃね~か!」それもそうだな!

 

 私は一通り、シェイクスピアを読んだ後、師匠が喜びそうな北方健三、沢木耕太郎森村誠一などの本を、音読ならぬ「読まずに積んどく」を始めたのだ(この「読まずに積んどく」というギャグは立川談志師匠の根問いものに出て来る)。


 あらすじだけ読んで積んだり、最初十ページだけ読んで積んだり、表紙だけ見て積んだり。もう、メチャクチャなさぼり方である。

 

 机に重ねた本が天井まで届く壁の様になった頃。師匠のМが言った。
 「後輩の作家にOというのが居るから、明日からラジオについて行け!」
 「何するんですか?」
 「とにかく、横について見てろ!」

 

 何も分からず。先輩作家のOさんについて行くことになった。OさんはМ師匠の居た事務所の後輩で、三十才前後。ラジオ、テレビを五~六本持つ売れっ子だった。
 細身で容姿はミュージシャン風。いかにも、業界人という感じで「シースー」「ズージャ」など言葉を逆さにする業界用語をよく使っている人だった(当時、逆に言う業界用語はすたれている時期)。

 

 私は週に一度、Oさんのラジオ番組について行くことになった。有楽町について行くと、そこにはN放送の社屋があった。
 子供の頃、深夜放送で「あのねのね」や「鶴光」「吉田拓郎」「南こうせつ」など、必死に聞いていた、あのラジオ局である。まばゆいばかりの有名人に出会えるかもしれない。

 

 まだ、大学生だった私には、その程度の発想しか無かったのである。

 

 

上の文章は、このエッセイの続き。業界編の冒頭(未完成)です。まずは、こちらを読んでから…。

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