ネットで金原亭伯楽師匠の訃報を知った。学生時代寄席で頻繁に聞いた師匠である。45年ほど前。東海大学落語研究部にいた私は、新宿末廣亭によく行っていた。
当時は落語を観るのが好きでは無かったが…。先輩が「上手くなる近道は沢山生で見ることだ」(S師匠)と言っていたので、真面目な私は無理して通うようになった。
当時はお目当ての師匠以外はトイレタイム的な嫌な客だった私である。そんなダメな私が覚えているのが金原亭伯楽師匠だ、
当時の末廣亭で伯楽師匠は「欠伸指南」ばかりやっていた(私が行った日は)。あまり何回も聴くのでなんとなくネタを覚えてしまった噺である。「欠伸指南」は過去に古今亭志ん生師匠と小三治師匠のテープで聴いたぐらいで、他の方はあまりやっていなかったイメージである。
先輩の話では「伯楽師匠は東京では大学落研出身初の落語家」と聞いた。仲の良かった法政大学落研出身。大卒初の落語家は国学院の柳家つばめ師匠だが、その頃、落研はなく、つばめさんの入門を応援する為に落研が出来たと聞く。
大学落研初という言葉に、なんだか嬉しくなって聴いていた。この時、学生だった春風亭昇太さんが落語芸術協会会長になるのだから、全ては伯楽師匠から始まった気がする。
数年後…。私はOBになり楽な気持ちで「欠伸指南」をやったことがある。寄席で聴いてほとんど覚えていたから出来るのでは?と前日初めてさらってやってみた。
四年生の高座は一年生も注目する、いい場所で出してもらえるのだが…。枕以外…ほとんど笑いが起きない。覚えやすいが学生には地味で難しい噺だった様だ。
私の中では「欠伸指南」はウケない噺としてインプットされてしまった。
三十年以上たって、春風亭一之輔さんにテレビで落語をやる番組「落語者」の出演を頼んだ時。「欠伸指南」をやりたいと言った。私はとっさに「もっと派手な噺ないかな?」と言ってしまった。すると一之輔さんは「いや、欠伸指南は派手で笑いが多いです」と言った。(過去のブログにも書いたかも?)
私は半信半疑で収録を観ていた。すると「ドカ!ドカ!と笑いが起こり、アレンジも新しく派手で陽気だった」。私の知識が甘かったということだ。
この時の「欠伸指南」の放送中。海外で戦争が始まってしまった。落語をやる一之輔さんの顔の上に「空爆のニュースの文字がかかっている」。私は「これは、視聴率はNHKのニュス速報にもっていかれる」と頭を抱えた。
しかし…私の予想を裏切って、この時の放送は横並び最高視聴率。私が地味だと言った「欠伸指南」が戦争報道に勝ってしまったのだ。一之輔あなどりがたし!
彼はまだ真打に成る前の二つ目。ラジオ「サンデーフリッカーズ」を始めたばかりの出来事である。
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