放送業界のお話と落研と私的な思い出(瞳尻・黒舟)

「嗚呼!青春の大根梁山泊~東海大学・僕と落研の物語」スピンオフ・エッセイ。放送関係。業界のエピソードと近所の出来事

桂ざこば師匠・追悼

 桂ざこば師匠の訃報を知り、思い出す…。

 

 私が初めて師匠を認知したのは、小学年の低学年。土曜の深夜に始まったテレビ番組「ウイークエンダー」に登場した桂朝丸(後のざこば)さんだ。

 コテコテの関西弁で、事件を起こした犯人に「こいつ、悪いやっちゃ!」と、パネルの写真をどつき倒す。本当に悪質な事件なので、子供ながらに胸がすっとしたものだ。この番組のレポーターで面白かったのは、この朝丸さんと、「すどうかづみ」さんだ。

 他に麻世れいらさんが好きだったが、はやり、一番は朝丸さんだ。

 

 大学落研に入り、東京のホール落語(多分、渋谷「東宝名人会」か「東横落語会」)で初めて朝丸さんの落語「阿弥陀池」を観た。上方の「阿弥陀池」を観るのは初めてだったが、こんなにパワフルで面白い落語があるのか!と衝撃を受けたのを覚えている。

 東京落語の「新聞記事」(同じ話)は聴いたことがあったが、私はイマイチな噺と思っていた。これを得意にしていた、渋谷の大学Kの先輩が地味だったので、そう感じたのかも知れないが…。「上方落語!面白れー!」が19才(20才?)の素直な感想だった。

 

 大人になって、数年前。ある番組のゲストでざこば師匠が来た時。私はロビーでタバコを吸っているざこば師匠に話しかけてみた。「私の人生で一番面白かった「阿弥陀池」はざこば師匠です」。すると、師匠は「嬉しいな~!当時、東京で落語あんまりやってないねん。枝雀兄やんは、よう出て来てたみたいやけど…あんた!よく観てくれはったな~!」と喜んでくれたのが嬉しかった。

 

 ざこば師匠。ご冥福をお祈り致します。