放送業界のお話と落研と私的な思い出(瞳尻・黒舟)

「嗚呼!青春の大根梁山泊~東海大学・僕と落研の物語」スピンオフ・エッセイ。放送関係。業界のエピソードと近所の出来事

私は時間をかけすぎる…

 我々の仕事は終わりが無い。放送台本は書けば終わりだが…。「あれ?他にも無いか?」と思ってしまう。この感覚はベテランに成る程多くなった。経験があるだけに「あの時、これで失敗したな…。今度は変えるか!」と成ってしまう。

 

 20代では、こんな発想はなかった。いや、発想と言うより時間が無かった。原稿をあげたら次の仕事に取り掛からないと間に合わなかったのだ。レベルなど考えている暇はなかった。仕事に穴を開けないことだけで精いっぱいだった。「ああ~!今日も間に合って終わった」「よく間に合ったな!俺、結構凄いな!」と自己満足して仮眠するしかなかった。提出していれば書き直しがあっても苦情(クビ)は来ない。その後はまた別の話である。

 

 結局。不安がよぎるのは余裕のある時だ…。

 保険に入るのは、少しお金に余裕がある人だ。

 

一日に会議が3本あった頃。三度の食事の様に仕事をあげていた。多分、つまらないものが多かったのではないだろうか?しかし、その時出来る最高の作品だったとも言える。ドラマや舞台の様に緻密に作ったことはない。演出から緻密な要求があればそれに準ずるが…。それは、私の発想ではない。発注の範囲で今できるベストを出す。

 

 我々の仕事は残念ながらアーティストではなく、クライアントの注文建築だ。

 

 仕事が少なくなると…アーティストに近づけるということか…。いや、そんなに格好良くは無い!