放送業界のお話と落研と私的な思い出(瞳尻・黒舟)

「嗚呼!青春の大根梁山泊~東海大学・僕と落研の物語」スピンオフ・エッセイ。放送関係。業界のエピソードと近所の出来事

藤子F不二雄ミュージアムに初めて行った!

 生田に住んで15年程になるが…。近所の藤子F不二雄ミュージアムに行ったことが無かった。

 最近「元気なうちに何でもやっておいた方が良い」と言う言葉が身に染みる。まだ、61才で健康だが、亡くなった友人の事を思うと…。歳など関係ない…。

 

 先日。近所のプラネタリウムに初めて行ったら、とても良かった。「世界にここだけの映写機」があるそうだ。安くて空いているのも魅力だ!都内に行かなくても良いスポットはあるのだ。

 

 そこで、藤子F不二雄ミュージアムにも行くことにした。こちらも、とても安い!

 

 コンビニの機械で予約すると簡単にとれた。

 

 展示も充実しているし、音声ガイドも良い。藤子F不二雄さんは結末を決めずに描きだしていることが分かった。これは、私には嬉しい発見だ!

 実は私も落ちを決めずに書き出すパターンだ。設定が決まったら、とにかく書く…。その流れの中で必要な方向へと行ってみる…。そこで、何か展開を探すのだ。

 私の知り合いの作家には「展開と落ちを決めてから書く」と言う人が多い。

 ある天才芸人・OKは「設定で考えられるボケを極限まで無数に出してから」書き始めるそうだ。書く時はボケの順番を並べ替える作業なのだそうだ。

 この書き方は私には出来ない。流れの必然性からギャグは〇〇〇!となるのだ。ギャグにむけて書くとバレそうな気がする。しかし、私の知る天才OKは、見事にストーリーを構築していた。しかも彼はギャグは〇秒に一度と、システム的・方程式的に作っていたそうだ。

 「私の書き方は間違っているのか?素人なのか?古いのか?」と悩んだこともある。しかし、スタイルを変えると出来上がりが悪くなることに気づいたので、方法は変えていない。

 

 その悩みが…藤子F不二雄ミュージアムで解決した。私の方法は間違っていなかったのだ!

 野球に「一本足打法」「トルネード投法」「振り子打法」があるように、みんなスタイルは違って良いのだ。藤子F不二雄先生と同じなら、私も大したものである。

 

 何故もっと早く藤子F不二雄ミュージアムに行かなかったのだろう?何でも体験しておかないと…人生は損をする。

 

 まだ、行ったことのないディズニーシーも行くべきかもしれない…。こちらは、ちと高いが…。

 

 ちなみに、このエッセイのシリーズも、タイトルを決めたら見切り発車。書きだしてから続きを考えている。お陰で突然、意外な落ちにたどり着く時がある。

 

 しかし…今日は…何も無い…。

 

私「ドラえもん!何か出してよ!」

ドラ「落ちが付くペン!これで書けば落ちが付くよ!」

私「パソコンなんだけど…」

ドラ「じゃあ、あきらめて自分でなんとかしなよ!」

私「そこをなんとかしてよ、ドラえもーん!」

ドラ「しょうがないなー!読んだ人が自分で落ち付けるコラムー!…これで、誰かが落ちつけてくれるよ!」

私「サスガは、ドラえもん!これで、コラムはおしまい!ユートピア!」

ドラ「やれやれ!先が思いやられるよ!」