放送業界のお話と落研と私的な思い出

放送関係。業界のエピソードと近所の出来事

「落研の裏レジェンド!夢豚さん!」

 昭和55年。私が東海大学落語研究部に入部した時。四年生に頭下位亭夢豚(とうかいてい ムートン)さんと言う先輩がいた。
 
 夢豚さんは、見かけが恐く、近寄りがたい。
 そして、話し方も乱暴で恐い。私のイメージでは、ドラえもんジャイアン、もしくは、安岡力也さんに近いと感じた。


 一年生たちは皆、心の中で「ジャイアンや安岡力也って、本当に居るんだ!」と思った程だ(安岡さんは居るっての!)。

 

 夢豚さんは部室の前で、入りたての一年生に言った。
 「1年、集合~!整列~~!」

 突然の出来事に一年生は何だか分からない。四年生はOBなので、この手の命令は異例だからだ。すると、夢豚さんは言った。
 
 夢豚「いいか、俺たち落研は右翼だ!」
 私(心の声)「えっ!右翼なの?!」
 夢豚「今から、エールをきる!俺に続け!…返事は?」
 一同 「押忍~!」
 「フレーフレー!落研~!それ!」
 一同「フレーフレー!落研~!フレーフレー!落研~!」
 夢豚「よし!」

 

 何がよしだかまったく分からない。私は「右翼」と言う言葉が気になって三年生のおそ松さんに聞いてみた。
 「落研って右翼なんですか?」
 「あっ!夢豚さんは、ああいう人だから、気にしなくていいから…。深い意味ないから」

 

 我々、一年生は夢豚さんに恐怖を憶え、自分から近づく者は無くなった。

 

 しかし、この夢豚さんは、実は真面目で先輩に従順。「後輩には超強いが、先輩には超弱い」ルールを守る男だった。

 

 夢豚さんは毎日、千葉県の自宅から大学に通い。時間が無いのに、誰よりも寄席やホール落語会に通っている。これは「生の落語を観ないと上手くならない」と言う先輩の教えを守ってのことだ。クラブの行事の時などは、後輩の下宿に泊まり全て参加していた。真面目で不器用、そして、実は誰よりも優しい人なのだ。
 
 しかし、夢豚さんの真面目さが、後輩には恐さに転化されていた。

 

 ある部会の時。三年生の切奴(現・昇太師匠)さんの「爆笑」の高座練習を観た後、夢豚さんは言った。


 「俺は、お前らが羨ましい…。面白い間が、すぐ出来る…。俺は、どんなに練習しても、どんなに落語を観ても、出来ないんだよ…」


 何と! 半分泣きながら熱く語ったのだ。普通、高座練習の後は、部員がそれぞれ、改善点やアドバイスをするのだが、いきなり「夢豚さんの嘆きショー」になってしまった。

 三年生は困って「いや、先輩も四年生になって丸くなったから、面白みがで出てきましたよ」等となぐさめている。夢豚さんは純粋な青春ドラマみたいな人なのだ。私の好きなドラマ「俺たちの旅」なら「ワカメ」(森川正太)である(キャラは違うが)。

 

 それを見た、OBの反応は、寅さんに呆れるオイちゃんの様だ。
 「馬鹿だね~!」

 

 私は夢豚さんが、少し好きになっていた。近づくのは恐いけど、良い人なのだ。

 

 夢豚さんは千葉の自宅に帰らず、後輩の三年生・実志(現・テレビディレクター)のアパートで麻雀をすることも多かった。私も何回か一緒にやらせて頂いたのだが…。素直な性格の夢豚さんは、負けると段々乱暴になる。上がったら牌を投げつけられた一年生がいた程だ。


 しかし、私には分かっていた。これは、後輩に怒っているわけではなく、負けた自分に怒っているのだ。だから、夢豚さんは優しい。お金を出して「お菓子やカップラーメンを買ってこい!」と言うのも、この人だ。

 

 その日、私も夢豚さんも実志さんのアパートに泊まった。その時、私は替えのパンツが無かった。すると、実志さんは「俺のを履け」と、洗濯したパンツを渡してくれた。後輩としてはありがたく履いたのだが…。夢豚さんが言った。

 「お前ら、よく人のパンツが履けるな! 俺は絶対ムリだ!」

 何と!ワイルドな夢豚さんは、とても繊細で神経質な人だったのだ。


 我が部では「先輩のパンツを履けない後輩はダメだ!落語が上手くならない」と、メチャクチャな伝説があった(いや、3年のマー坊さんだけが冗談で私に言っていた)。
 
 そんなクラブの中で夢豚さんは、珍しい存在だった。多分、先輩に「俺のパンツを履け」と言われたら、泣きながら履くと思うが、我々後輩相手だと本音がでるのだ。

 

 私は夢豚さんが、また、好きになった。でも、近づかないけど…。

 

 夢豚さんは、オシャレでアイビーを基本とした、少し高級なモノを身に着けていた。人のパンツを履けないだけあって、スラックスにも線がピチリとついていた。ファッション的には青山学院的だ。
 青学落研のOB・料亭花柳(りょうてい かりゅう 現・アマチュア落語家・彦柳)さんと仲がよいのもうなづける。
 
 この青学的ジャイアンは…。いや、夢豚さんは落研がやっていた「プロレス研究会」でも、怪力レスラーとして活躍していた。

 

 私が一年生の時、雑誌「スコラ」が取材に来た。その時、夢豚さんはロープで文化部連合のワゴン車を引っ張るというパフォーマンスを見せ、写真が掲載されていた。しかし、私は夢豚さんのプロレスを見たことがない。雑誌用のパフォーマンスだった様な気がする。
 ちなみに、この時は3年の切奴(きりど・現・昇太師匠)さんもチョモランマ・切奴として鉄棒にぶら下がる写真が載せられた。一番大きな写真は実志さんのアップ。胸に千社札を貼り、満面の笑みでポーズをしていた。

 

 これは、OBになってからの話だが…。
 クラブOBの結婚式で盛り上がり、その日のホテルでの出来事を思い出す。

 

 ホテルの部屋でみんなで飲んで居ると、ドアを叩く音がした。どうやら騒ぎすぎて、隣の客から苦情が来たようだ。
 それを知った夢豚さんが私に言った。
 
 「黒舟! 兵隊集めろ!」

 

 兵隊とは後輩のこと。夢豚さんは隣の客と戦争する気のようだ。私は突然の徴兵に拒否して、兵隊を集めることはやめておいた。
 喧嘩などして殴られたら嫌だからだ。


 そのうち、夢豚さんも酔って寝てしまった。何事も起こらず良かった。兵隊を集めなくて正解である。

 

 この時、私は夢豚さんを、少し好きにはならなかった(当たり前だ!)。

 

 私は、こんな夢を見たことがある。映画「男はつらいよ!」のオープニングで寅さんが夢を見るシーンに似ているのだが…。
 落研の部室の前で、後輩の部員が泣いている。そこに、夢豚さんが現れる。

 「そこの若者!どうかしたのかい?」
 「彼女にフラれたんです」 
 「そうか、わかるよ!青春だな!」
 すると、夢豚さんは財布から三万円を出して!
 「これで、ト〇コ行ってスッキリしちゃえよ!」

 

 これは、本当に私の見た夢である。私の中の夢豚さんは、そんな人の様だ。この泣いていた後輩は、泣き止まない。別にエッチが出来なくて泣いている訳ではないのだ。
 
 チョット、空気が読めない優しさだが、私には、この優しさが、夢豚さんの魅力だと思った。そして、その不器用さが、好きになった。やはり「落研の裏レジェンド」である。

 

 夢の中の話ですから、夢豚さん、怒らないで下さいね!

 

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