放送業界のお話と落研と私的な思い出

放送関係。業界のエピソードと近所の出来事

大スターKさんの番組!尊敬して恐縮した瞬間。

 某ラジオでナイターオフに放送した、元ミュージシャンのTさん番組が好評だった翌年の九月(コラムを遡ってお読み下さい)。またも、同年の作家Sさんから電話があった。

 

 「てっちゃん! 今年はKさんでナイターオフやるんで、はいってよ!」

 「Kさん…あの大スターの…勿論、やります!」

 

 月~金の夕方帯番組の一曜日担当。しかも、Kさんは日本国民なら知らない人は居ない大物だ。有名なグループのメンバーである。私は大物過ぎて、チョットビビっていた。

 業界のトップを走るコメディアンの番組をやる機会は、そうあることではない。またったくありがたい話である。

 

 しかし、番組にはコントコーナーもあり、あの大物が我々の書いたコントを本当にやってくれるのだろうか? 期待と不安を胸に放送は開始した。

 

 初めて会ったKさんは、想像を超える程の良い人だった。

 良き兄貴という感じで、田舎の磐田体育館で「グループのショーがあり、小学生の時観に行ったこと」を話すと、当時の裏話を教えてくれた。

 

 コントコーナーも、原稿にアドリブを加えて、台本以上に面白くしてくれる。そして、ビビって見ている私に言った。

 「グループでコントやる時は、練りに練った物やるから、作家の本そのままできないけど、俺、個人の時は面白ければノリでやるんだよ!」

 

 我々の不安は消えた。みんな心の中で「Kさん、ありがとうございます」と頭を下げていた。

 

 そして、Kさんは番組スタッフに優しく、局の社長や局長に厳しいのも魅力的だった。何かトラブルがあると「社長!出てこい!」「局長の野郎!」等と、放送中も言うのだが、現場のディレクターや作家には常に優しいのだ。

 

 番組の打ち上げを六本木でやった時。作家のSМさんが裸になって股間のムササビ「チン玉・チン太郎君」が飛ぶという芸を見せた。すると、Kさんは喜んでくれて、

それ以来、SМさんを「チン玉君」と呼ぶようになっていた。何か不備があっても「チン玉君じゃあ、しょうがないか!」と、許される様になったのだ。

 まったく、羨ましいキャラクターである。

 

Kさんは宴会の後、我々に言った。「二次会は俺がもつよ! ディスコ貸し切りにするから」。

 「うお~!」流石は大物である。我々の予想を遥かに超えている。

 

 タクシーも呼ばず、六本木の街を歩くKさんの後について我々は歩いた。街行く人がKさんに気づいて声をかけるが、機嫌よく手を振っていた。私はその人柄にほれ込んでしまった。

 

 この番組は、大変面白くナイターオフとは思えない豪華な番組だったと思う。我々も充実感があった番組である。

 

 翌年の三月だったと思う。また、同年の作家Sから電話があった。

 「四月から、Kさんが朝の月~金の帯やるから、入ってよ!」

 「ええ~! やりますよ!」

 

 今度はナイターオフと違って、一年間通しての放送。何年も続く番組である。

 

 オープニングコントに加え、現役のお医者さんとのコントなど、作家には大変な番組だったが、とてもやりがいがあり、何よりKさんと本番前に話せるのが嬉しかった。

 

 集合は朝早くKさんもエンジンがかからない状態だが、私が「先週の麻雀の番組、役満振り込んだの凄かったですね~」などとふると、すぐに乗ってくれる。

 

 「小林君! あれはね、役満やってると分かってわざと振り込んだんだよ! 役満振り込んで最後逆転したら、番組もりあがるだろう」

 

 凄い! Kさんは麻雀でも番組の盛り上がりを考えて打っていたのだ。

 「だけど、後、半ちゃんしかないって知らなかったんだよ! もう、逆転無理だったよ!」

 

 こんな話をしていると、トークにエンジンがかかり、番組が跳ねるのだ。このやりとりの全てが私には夢の様な時間だった。

 

 Kさんの朝の番組をやっていた頃。長野オリンピックが開かれた。その日はジャンプ団体が行われていた。あの伝説の、船木、原田、が活躍した大会である。

 放送中に一回目のジャンプが行われ、そこで吹雪となった。二回目が中止になると日本は勝てない状況である。

 

 放送を終えたKさんは帰らず「よし! 最後までここで見よう!」と言った。

 

 私はKさんと一緒に、あの大逆転を生で観戦した。一生の思い出である。そして、原田の感動の涙を見たKさんが言った「原田っていいな! おい、うちの事務所でとれないか! タレントで売れるぞ!」。

 

 やはり、凄い人は目の付け所が違う! 

 

 

 この朝の番組には、ラジオ通販のコーナーがあった。

 

 ここで、Kさんのキャラクターを入れ込んだ腕時計を販売したことがある。

 私は、Kさんに心酔していたので、購入することにした。

 

 Kさんの腕時計をして作家仲間と飲んで居る時。作家のSМさんが私に言った

 「あれ! 小林ちゃんも時計もらったの?」

 「えっ! 僕、買いましたよ!」

 「あら!ごめんなさい!私、Kさんに「これ、チン玉君にあげるよ!」って言われて貰っちゃったのよ!」

 「うわ~!ショックだな~!」

 

 生放送の時、Kさんはサンプルの時計を何気なしにSМさんにあげたのだ。

 Kさんはノリであげただけで、深い意味が無いのは分かっている。しかし、飲み会の盛り上がりとしては「クソ~! ショックだ~!」と言いながら私は飲んで居た。

 

 半年後。Kさんの腕時計の第二弾が番組の通販で紹介された。その放送が終わり、スタジオを出ると…。Kさんのマネージャー(女性)が私に何か渡した。

 「これ、Kさんからです」

 「おおお~!これは?」

 

 見ると第二弾の腕時計だった。Kさんは前回、私が買ってSМさんが貰ったことをどこかで聞いて、気を使ってくれたのだ(五人の作家の中で私だけが頂いた)。

 

 あの大スターがこんなことまでしてくれるなんて! 

 私は感動のあまり、この時計はあまり使うことがなかった。

 

 永久保存版である。

 

 

宣伝。ネット書籍「嗚呼!青春の大根梁山泊東海大学・僕と落研の物語~」上・中・下

安いです。上→200円。中→300円。下→300円。

      ↓ 

 https://note.com/bakodayo1874basu