放送業界のお話と落研と私的な思い出(瞳尻・黒舟)

「嗚呼!青春の大根梁山泊~東海大学・僕と落研の物語」スピンオフ・エッセイ。放送関係。業界のエピソードと近所の出来事

落研の変人・芸馬さん

 私が東海大学落研一年の時。三年に頭下位亭芸馬(とうかいてい げいば)さんと言う先輩が居た。この方は、長野県の佐久市出身でとにかく真面目。

 部会が終わってもみんなと飲みに行くことはなく、一人原付バイクで学校近くの下宿に帰って行く。賄いつきの下宿に住んでいたのはこの人ぐらいだ。

 

 普通の先輩達は、後輩をよく飲みに誘っておごってくれるのだが、この芸馬さんに飲みに誘われた後輩は居ない。奢ってもらった者も居ないという不思議な先輩だった。

 

 この方の名前は、先輩が付けた時は芸馬(ゲイバー)だった。どことなく顔がゲイボーイ風だったのでついたと思われる。

 しかし、この人は後輩が「芸馬(ゲイバー)さん」と言うと、必ず「俺は、芸馬(げいば)だ!」と怒っていた。

 同期以上はみんな「ゲイバー」と呼んでいるが、後輩だけ「ゲイバ」と呼ばなくてはならないのだ。

 

 この芸馬さんは後輩に落語の指導をする時も特徴がある。上下(かみしも)と言葉の訛りしか指導しないのだ。そして、絶対に褒めない。上下とは落語の登場人物を変える時、頭を左右にふる動きのことである。

 芸馬さんは部会で後輩を手招きして呼ぶのだが、人気が無い。後輩はなるべく目をあわせないようにして他の先輩が呼ぶのを待っている。

 すると芸馬さんは「黒舟! こっち来て!」と、ついに名指しで後輩を呼ぶのだ。

 

 呼ばれて行くと、やはり、「上下の広さ」と「訛り」のチェックしかしない。後輩は全然面白くないのだ。そして、いつも何も褒めずに「あとは練習だな!」と言って終わりである。そして、原付バイクで帰って行く。

 

 芸馬さんは何が楽しくてクラブを続けていたのだろう? 

 

 一度、芸馬さんの下宿に行ったことがある。遠くて歩いては行けない距離なので、何故行ったのか記憶はないが…。本棚に「上手な話し方」と言う本があった。しかし、落語の本は一冊もない。

 いかにも、芸馬さんらしいと思った。「果たしてこの人は落研が好きなのだろうか?」と思っていると、写真を出してきた。

 

 見ると、日本テレビの番組「第二回全日本学生落語名人位決定戦」のテレビ画面を写真で撮ったものだった。頭下位亭切奴(とうかいてい きりど 現・春風亭昇太)さんが優勝した時の高座や、胴上げの瞬間などをテレビの放送時に写真に収めたそうだ。

 芸馬さんはお爺ちゃんが孫の写真を見せる様に、放送時の様子を細かく解説して聞かせてくれた。

 この先輩は、飲みにも参加しないのに、同期や落研のことが大好きな人だったのだ。 

 

 我が部の伝統で、一年生が「池に落ちる」というプレイベントがある。何か大きな集まりがあると意味もなく落とされるのである。

 芸馬さんは一年生の時。同期が全員池に落ちて盛り上がっているのに、一人だけ逃げ出して隠れてしまったと言う。

 しかも、みんな帰る時間になっても出てこない。仕方がないので同期は「芸馬~出てこい! もう、落とさないからさ~!」と優しく声をかけたが、中々出てこなかったという。

 まるで子供みたいな人である。同期達は「出てこいよ! お前は、猫か!」と言っていたそうである。

 

 この芸馬さんは、一年に二回だけスターになる日があった。その一つは、文化祭の最終日に行われる「リンボーダンス大会」。これは各クラブの代表がリンボーで競い、上位にはビールや酒などの賞品が与えられると言う恒例の大会だ。

 芸馬さんはやたらと体が柔らかい。毎年、優勝か準優勝でクラブに賞品を持ち帰っていた。

 もう一つは、合宿の最終日に行われる「落研オリンピック」の卓球。決勝は必ず、芸馬さんVSマー坊さん(芸馬さんと同期)の組み合わせだ。

 芸馬さんはカットマンで、マー坊さんは攻撃型。激しいスマッシュを芸馬さんが床ギリギリですくいあげて拾う。このラリーが五回、六回と続くのだ。

 部員一同、大歓声で卓球決勝を観るのが合宿の恒例とになっていた。おかげで、我が部員は水谷準が登場する以前から、レベルの高い卓球の面白さを知っていた。

 (ちなに、水谷準さんの母は私の中学の同級生である・余談ですが)

 

 芸馬さんが卒業する時(落研では珍しく四年で卒業)。私は引越しを手伝うことになった。文化部連合のワゴン車を借りてダダで引っ越すというのだ。

 荷物を積み込み、長野まで出発したのだが、お昼にインターで芸馬さんが袋を差し出した。

 「これ、昼めし!」

 見るとオニギリが三つとお茶が三つ入っていた。我々は三人で手伝っていたので、一人一つ。実は私は芸馬さんに初めて奢ってもらったのが、この時だったと思う。

 三人は無言でオニギリを食べた。

 そして芸馬さんが言った。

 「実家で豪華な夕食が出るから、いいだろう?」

 一同心の中で「それは親の金だろう!」と思ったが口には出さなかった。

 

 流石は変人・芸馬さんである。

 

 芸馬さんは、今、長野県で春風亭昇太さんの独演会があると、楽屋にずけずけと入って来て「おう! 切奴(きりど)元気? サインしてくれよ!」と色紙を差し出すそうだ。主催者は何が何だか分からない。

 

 しかし、同期や落研のことが好きなのは間違いない様だ。

 

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