放送業界のお話と落研と私的な思い出(瞳尻・黒舟)

放送関係。業界のエピソードと近所の出来事

ラジオで新曲をかけるのも楽じゃない!

 昭和60年ぐらいだろうか。私が新人作家の頃。某有楽町の人気番組Yのディレクター・Iさんが私に言った。

 「この、スタジオの守衛さんが今日かけるレコードを預かってるから、俺の名前と番組名を言って、貰ってきてくれるかな?」

 

 見習い作家としては、お安い御用である。タクシーチケットを貰って、指定の録音スタジオへと到着した。

 

 受付の守衛さんに「〇〇のIさんから頼まれたんですが…。レコードを取りに来ました」と言うと、守衛さんは疑いの目で私に言った。

 「代理の人じゃ、渡せないね!」

 「えっ!」

 

 仕方が無いので、電話を借りて局に連絡をした(携帯の無い時代である)。Iさんと繋いで直接話してもらったのだ。

 電話を切った後。守衛さんの目の色が変わった。

 「渡せないね!」

 「今、担当Dと話したでしょう?」

 「いや、あんた、今、電話案内で放送局の番号を聞いて電話したよね? 局の人が番号を知らないのは怪しい」

 「チョット、待って下さいよ! 私は作家です。局の番号は暗記してません。今、Iさんと話したから問題ないでしょう?」

 「いや、誰かが演じているかも知れない。渡せません!」

 

 言っていることがメチャクチャである。詐欺なら局の番号を電話案内で調べたりしない。直接、詐欺グループに電話すればいいのだ。

 そのことを話しても守衛さんは、まったく、譲らない。Iさん本人でないと渡さないと言うのだ。

 押し問答で、時間はドンドン過ぎてゆく。放送開始まで、後、一時間程だ。

 

 仕方なく、もう、一度、Iさんに電話して来てもらうことにした。本番前で手が離せないから私に頼んだのに、これでは何の意味もない。

 

 急いでIさんがかけつけて、事なきを得たが。守衛さんは謝りもしない。

 後で、分かったのだが、この時のレコードは、超大物アーティストの新譜でマスコミ未発表。今日のラジオの生で初めて放送が許されたものだと言う(世界的なアーティストなので世界初のOA)。

 守衛さんは、スタッフに「流出には気を付けて」と命令されていたのだ。そこに、二十歳そこそこのジーンズとTシャツの男が来たから、最初からスパイだと疑っていたようだ。

 

 Iさんは私には怒らなかったが、私はレコードすら運べない使えない奴との評判がたってしまった。

 

 今でも、私にミスは無かったと思うのだが…。違うのだろうか?

 

 本来、そんなに大切なシークレット音源の運搬を新人作家に任せるのが間違いである。事務所側も、マネージャーが直接持参するべきである。

 

 海に向かって叫びたい気分だった! 「私は悪くな~~い!」 

 

 

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